焼いた黒魔の会(3/4)




「……そんな暢気にしてる場合かよ。あいつ、連れていかれたんだぞ」
「お前に言われたくないな。あの侵入者たちはお前が原因だろう? 卑弥呼」
 イヴは厭味も皮肉もなく、ただ淡々とした言葉を以て卑弥呼を見上げた。
「黒いカソックに赤銅鏡のエンブレム。活動を自粛していると聞いていたが、まさか勝手に動き回るとはな。統率者は一体誰なのか。お前は大体の目星をつけているはずだ」
 卑弥呼は押し黙った。深く彩度の低い瞳が複雑そうに細められているのがわかる。イヴは一つ吐息して、もう一度卑弥呼の顔を見上げた。
「お前を“我らが神”と崇めたてる宗教組織・“焼いた黒魔の会”について、話してもらおうか」
 卑弥呼は無言の肯定をした。スピリチュアルなハーローが似合うような姿でもなかったが、生まれなかったほうがその者のためによかったと囁かれるほど背徳したようにも思われなかった。





 焼いた黒魔の会――占い師・卑弥呼を神と崇めた宗教組織であり、唯一神を“我らが神”と呼ぶ。卑弥呼の弟が司祭を務め、長く常連した信者を準司祭とするらしい。“神の裏切り”が理由で規模は少なくなったがまだ信者はいるのだという。けれどその信者も性質は様々らしく、未だ狂信する者、責任を取らせようとする者、追求する者、裏切りの処刑を企てる者など見事に統率が取れていなかった。
「ニュアンスから察するに今回ここを訪れた侵入者もお前に前向きな感情を抱いているとは思えないな。にしてもお前を探している割には顔を知らないようだったぞ。どういうことだ?」
「あのキチガイ団体が出来上がってからは、俺と直接話せる人間は限られてたんだ。司祭と準司祭しか俺の顔を知らない」
「あいつらは下っ端か」
「だろうな」
 卑弥呼は投げやりな感じに言った。イヴは肩を竦めた。
「焼いた黒魔の会の事件なら、俺も聞いたことがある。皆既日食の日に起きた裏切り事件。当時は新聞でも小さくだが取り上げていたな」
「言っておくが裏切ったのは俺じゃない。弟だ。俺はいつも通り占いをして弟に伝えるよう言っただけだ。あいつが事実を曲げて告げただけで」
 弟のことが出てきた途端、卑弥呼は顔を歪ませた。それは怒りにも哀しみにも取れる表情だった。今でも許せないのだろう、弟の裏切りを。イヴにしてみればそれは裏切ると取るにはまだ確信を掴めない程度のものだったが。
 境遇で見ると卑弥呼もオズワルドと同じだった。濡れ衣であり、無実の罪なのだ。少なくとも彼、彼女は自分の知るところで、自分が悪者になったことなど一度もない。
 神と謳われた占い師は詐欺師と蔑まれるようになった。全てを知るとされる神は悪魔にもなれるが、詐欺師にもなれるというわけである。なんでも知っているというのが神の定義だとすればそれと同じくなんでも知っているというのが詐欺師の定義にもなりえるのかもしれない。
「だとしても。お前はあのまま焼いた黒魔の会で神になりたかったのか? お前自身も言っていただろう、キチガイの組織だと」
「……それは」
「実際、神などいても恐ろしいだけだ。神は残酷だぞ。死体の血や骨から海や川や山を作ったりもする。おまけに色恋沙汰で誰かを殺すことなんてザラだ。俺はお前がそんな存在にならなくてよかったと思うよ」
「……俺だって神になりたかったわけじゃねえよ」拗ねるような声で言った。「でも弟に裏切られるって、気分が悪い。だって、そうだろ? 理由がわかんねえんだよ。俺たちは上手くやっていたはずなのに。俺のなにがいけなかった? なにがそんなに不満だった? 俺を陥れるだけのメリットなんてどこにあった? メリットもなしに陥れるくらい、俺はあいつに嫌われていたのか?」
 可哀想というのはこういうことを言うのだと思う。けれどもイヴにとってはそういった対象に彼は含まれていなかった。ただどこか複雑な心境で彼を見つめる。そこに嫌悪的感情は含まれていなかったが特別好意的なものも含まれていなかった。それを抱くには二人の関係は発展途上すぎた。なにしろ昨日会ったばかりの関係なのだ。仲間でもなし、かけてやる言葉を模索するのも憚られた。
「それよりも、今はあいつのことだろ」
 話を引き戻したのは卑弥呼だった。苛立つように爪先をトントンと鳴らす。悪い目つきは更に悪くなっていて今なら人睨みで子供を泣かせてしまいそうだった。イヴも同調するように「ふむ」と顎に手を当てる。
「あの信者たちの目的は“我らが神”を攫うことにあるようだな。おそらく指名手配書からお前が脱獄したことを知ったんだろう」
「じゃあなんであいつが攫われるんだよ」
「知ったことじゃない。本人に直接聞け」
「……気のせいかと思ってたが、案外そうじゃないのかもな」
 卑弥呼はイヴの顔を覗きこむようにして言った。意外そうな表情をしているのがイヴにとって不可解だった。
「さっきから言葉がキツくなってる。もしかして焦ってる?」
「……俺がか?」
「お前以外にだれがいるんだよ」
「あれでもオズワルドはこういう状況に強い。一人でもなんとかするはずだ。なにを焦る必要がある」
「なに理論的に捉えようとしてんだよ。仲間なんだろ? 仲間を心配するのに必要もクソもないだろうが」
 そう言われてイヴはハッとなった。自分の言動や行動を振り返ってみる。特におかしなところはないように思えた。けれどこの人相からも占える男にそう言われてみると間違ってもないような気になってくる。もう一度深く考えこむように俯いた。口元に当てた手がするりと外される。青い瞳に閃きは宿っていたが、それでも無表情と呼べる範囲の顔色だった。
「そうだ。俺は焦っている」
「その顔で焦ってるるもりかよ」
「冗談だ。正直わからない」
「その顔で冗談を言うのかよ」
「俺はどんな顔をしているんだ?」
「銃撃戦に巻きこまれそうな顔」
 イヴは今朝方卑弥呼に言われた言葉を思い出した。曖昧な感じに苦笑して見せる。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -