A

目覚めるとそこは、つるつるとした材質の白い天井。視界の端々には薄緑色のカーテンが縁取るように見えていて、わずかに首を動かすと俺はベッドの上にいることがわかった。


「…………ここは」
「びっくりした?」


否見の包帯越しのぐぐもった声が顔の隣で上がった。ぱっと声のあった方を見ると、しゃがみこんだ否見の包帯に巻かれた顔がすぐ近くにあった。


「やっと目ぇ覚ました!」
「本当に焦ったよ、深夜。全然起きないんだから」
「ここは病院。今君は入院してる。切り裂き魔に襲われたんだってね。大丈夫?」


秋、遊馬、否見が順々にこちらに話し掛ける。俺はまだ現状把握仕切れずに僅かに置いてきぼりを喰らっていた。
なんだ。
どうなっているんだ。
俺は、死んでなくて――病院にいる――しかも切り裂き魔に襲われた、ということが伝わっていて――切り裂き魔――朽崎は?


「く、朽崎は……」
「はい、ここですよ、並木さん」


百合の花のような美しいソプラノ――すぐ隣から聞こえてきたその声に、俺は目を見開く。
朽崎だ。
俺のすぐ横に立って、美しい顔で俺に微笑みを向けている。
マスクは、していない。頬の傷口を晒け出している。眩しい肌を蹂躙する深紅を、隠さず曝している。
俺は遊馬たちの顔を見回す。朽崎とは違い傷一つない綺麗な頬。でも朽崎の傷を気にした様子はない。朽崎本人すら気にした様子もない。ここの問題は――どうやら解消された――のだろうか。


「俺は……」
「大丈夫です。そんなに重傷じゃなかったみたいで。首に縫い傷は残るみたいですけど……すぐ退院できるそうですよ」
「そうか。……いや、違う、そうじゃなくてだな」
「並木さん、三日ぐらい目を覚まさなかったんですよ…………あっ、休んでた分の授業のノートは私がちゃんととっておいたんで気にしなくてもいいですからね」
「いや、だからな…………ああぁ……」


上手く言えない。丁度いい言葉が出て来ない。ちぐはぐで噛み合わないパズルピースをぐちゃぐちゃ掻き回しているような気分だ。パズルなんて生まれてかのかたしたことがないので絶対とは言い切れないが、多分そんな気分なんだろう。遠くの現実より近くの推測。
朽崎は憑き物が落ちたような、それでいて快活に満ちた穏やかな表情で、俺を見つめている。本当に爽やかな顔だ。今すぐにでも美容院に行って「失恋カットでバリカンカット!」とか奇妙なテンションを伴って奇抜なヘアスタイルで帰ってきそうだ。悲壮感のカケラもない。


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