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「びっくりした。これはまあ、予想外ってやつだ。深夜も馬鹿だよね。こんなに重傷になるんじゃく、もっと上手くやれただろうに。きっと君が大事だったんだね。傷付けたくなかったんだよ」
そこには――――誰もいなかった。
「にしても、こうなるといよいよ面白くなってくるなあ。《口裂け女》に《未確認生命体》に《冥王星人》、おっと。僕のことも忘れちゃいけないな。んまあ、なにが言いたいかっていうと、僕たちは“似た者同士”だから、気にしなくていいってこと」
私と並木さん以外は、誰もいなかった。
「摩訶不思議高校の夜間部はそんなメンツの溜まり場なんだ。上手ーく集まってくるよ、本当。まあ、“あの人”がそうであるようにコントロールしてるんだろうけど」
いない。確実に、いない。
目の前に人影は無く、静寂な真夜中の景色が広がるだけ。四方八方前後左右にいたるまで、私と並木さんしかいない空間。
なのに。
この――――目の前から降り注がれる声はなんだ。
「でも、深夜だけはよくわからないんだよな……変わってるけど、どう見たって普通の人間だろうに。もしかして、その“変わってる”になにか潜んでたりして。うん、やっぱり興味深いね」
私たちを知っているかのように語られるこの声はなんだ。一体どこから流れてきているんだ。私は神にでも会ってしまったというのだろうか。
「あ、そうそう、深夜のことは心配しなくていい。救急車を呼んでおいた。深夜が切り裂き魔に襲われて偶然君が居合わせた――――そんな感じでつじつまを合わせておくんだ。ストーリーテラーになるんだよ、わかるだろ?」
穏やかな夜の匂いに溶けるその声は男物、優しいテノールで御影石のように硬いけれど、星屑を脱いだような軽快さがある。
どこか、聞き覚えがあるような。
まるでラジオから流れる千切れたメロディーみたい、クリアに思い出せない。
「そろそろ僕は行く。こんな格好で夜出歩くべきじゃないからな、寒いったらない。君も、しっかりやるんだよ。いいかい? 治療費の心配もしなくていい。こっちで勝手に支払っておく。今はただ、この場を上手く乗り切ることだけを考えて」
私は頷く。
そして、ただ風が吹くばかりの虚しい空に問い掛けた。
「貴方は、一体、“何”ですか」
その声は楽しげに笑う。
そして悪戯っぽく、私に返す。
「びっくりした?」