俺が一人で勝手にもだもだしていると遊馬に話し掛けられた。


「大事なくてよかったよ、深夜」
「あ、ああ……俺もまさか生きているとは思わなかった。正直、転生してアブラムシになるぐらいの覚悟はしていたのに……」
「大丈夫です並木さん。私、たとえ貴方がアブラムシになろうとタマムシにフンコロガシになろうと、見つけ出す自信があります」
「ありがたい言葉のあと空気を読まず悪いが朽崎。お前の綺麗な口から“フン”なんて言葉は聞きたくなかった。今軽く幻滅したぞ」
「…………記憶喪失になりましょう」


死んじゃうよ!
近くにあった花瓶に徐に手を伸ばした朽崎を遊馬が制す。ナイス遊馬、あとでよくできましたのハンコを額に押してやろう。

朽崎は渋々花瓶を元あった場所に戻した。コトンと音が鳴る。なんとなく目を胸元へ向けると、俺はどうやら制服姿じゃないらしい。血でぼたぼただろうから仕方ないのだが、誰だ、俺の裸を見たやつは。お金取るぞ。心中で愚痴をこぼす俺が着ていたのは、見慣れない濃紺の甚平だった。サイズは驚くほどぴったりで着心地も悪くない。少なくとも俺が普段着ている私服と同じくらいだ。見た目は粗い生地なのに。最近の縫製技術には目をほにゃららさせられる。驚くって意味の慣用句を忘れたぜ畜生。


「あくまで“切り裂き魔”だからね……一連の事件において、死亡者が出たことはないんだよ。知らなかった?」
「えっ、そうなのか?」
「そうなのだよ」


おどけた風に肩を竦める遊馬。久しぶりに見たような気がする遊馬の顔は、相変わらず青白い月のようだった。


「犯人はまだ捕まってない……って言っても、君が病院に担がれて以降パタリと事件が止んでるから、もう現行犯で捕まる可能性はゼロなんじゃないかな」


俺は朽崎に目を向ける。
誰もが見蕩れるような美しい微笑みを浮かべてくれた。
視界がほんのりと霞んで白い靄が掛かっているのが原因か、まるで遮光を浴びた女神のように、朽崎はきらきらと輝いていた。やっぱりまだ少し眠いな。目眩がするほどでは無いが眼球はヨーグルトのようにどろどろしている。
こんなふわふわの布団で寝たのはいつぶりだろうか。いつもむさ苦しい上に質の悪いところで寝起きしているせいか、花畑で寝転んでいるかのような心地よさだった。まどろんでしまうのも無理はない。


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