初詣

 ギィ…

 冬の寒さに似合いの軋んだ鳴き声をあげる門を閉め、今年最後のお仕事を終えた教会。

 いつも井戸端会議をしにここに来る奥様方は、家族旅行やそれが無くても家族で過ごすため、大晦日の今日は「よいお年を」と一言告げるだけで殆ど長居をすることもなかった。
 寧ろその一言のために態々来てくれるんだから、来年も皆さんには穏やかな空間を提供したいと思ってしまうものだ。

「神父サマ、正面閉めてきました」
「お疲れ様です、マチクン」

 家無き子時代が長かったので寒さには強いつもりだが、門を閉めに行く程度の距離に厚着をしても白い息を見ると「あぁ、寒いんだな」と自覚して足早になってしまうもの。にも拘らず教会の入口で待っていてくれた神父サマはいつもの神父の格好で、相変わらずの笑顔だ。
 何故鼻のひとつも赤くならないんだ。神父は体感も麻痺しているのか?

「今失礼なことを考えていませんでしたか?」
「分かりましたか」
「そうやって正直なところはマチクンの美徳ですね」

 何故か褒められた。

「ところでこの後なんですが、折角です。初詣に行きませんか?」

 「この町にも神社が在るそうなんで」と、どうやら奥様の誰かから教えてもらったらしい情報を持ち出してきた神父サマ。
 て言うか知らなかったんですね。
 
 まぁこの教会とは少し離れた、普段あまり行かない所に有るから仕方ないか。神父サマの行動範囲って昔は住宅街、今は教会か商店街くらいだもんな。
 俺は神父サマみたいに人ん家をねぐらにする訳じゃなかったから、あちこち彷徨いてこの町の地図は大体把握している。ただ最近は用がないからその存在は忘れていたけど。

「この後、ですか?」
「ええ。明日も教会は開くので、着替えたら行こうかと」
「それじゃ日付変わりませんよ…」

 まだ暗くもなりきっていないこの時間から行くのでは新年の初詣ならぬ年末の遅詣でだ。
 いくら距離が有ると言ってもそんなに大きくない町だ。日付が変わる程遠くないぞ。

 まぁ、今年も初詣に行ったわけではないから初には違いないけど。

「良いじゃないですか。気分ですよ気分」
「…」

 そうだった。この似非神父にそんな細かい事は関係無かった。

「そうですね、行きましょうか。俺も初詣は行ったことがないです」
「…何故私も行ったことが無い前提なんですか」

 そこは引っ掛かるのか。

 一応神父サマは家族の意向とか、学生時代のしがらみとかで昔は行ったことも有ったそうだ。
 胸を張って主張されたが、興味無さ過ぎて「行った」という結論しか記憶に残っていないじゃないか。

「じゃあ、着替えてきますね。マチクンも、もっとちゃんと防寒をしておいてくださいね」


……………………


「はぁー、スゴい人ですね」
「そうですねぇ」

 小さくは無いけど別に全国的に有名なわけでもない筈の神社は、この時間でも地元の人で溢れていた。
 あまり遅い時間に来るのは向かない小さい子を連れた家族が多いみたいだ。

「フフ、とても平和的な、良い光景です」
「シン…ヤクサン、変な吟味はしないでくださいよ?」

 好意的な発言がこの町の平和を脅かしていた殺人鬼が言うと不穏に聞こえる不思議。

「おや。珍しい呼び方をしますね。名前、覚えてましたか」
「覚えてますよ…。神社で神父サマって何か微妙じゃないですか」

 そんなこんな言いつつ屋台を覗き、手水舎に寄り、家族で来ていたサトミさんに出会い挨拶をし、参拝ならまだそんなに並んでいなかったと情報を貰って早めにそっちに向かうことにした。

 日付が変わる頃にもなると警備の人が立って誘導をするくらいには混雑するらしい。
 スゴいな日本の伝統行事。

 パン、パン。

「…」
「…」

 雑念だらけだったのを五円が跳ねる音と共に一旦放棄して、神様に手を合わせる。
 完全に見よう見まねだ。前の人達がやっていたのを参考にしている。

 お願い事はアレかな。
 来年も良い年でありますように。

 と、神父サマが捕まりませんように。

 俺も神父サマも中々人の道を外れている自覚はあるけど、それでも人並みの幸せくらいは願ってもバチは無いだろう。と、信じてる。
 ここの神様が寛大なことを祈るばかりだ。
 この賽銭も不良からの戦利品だけど。

「今更ですけど、ここ、純日本な神様が祀られているわけですけど良かったんですか?」
「安心してください。私は無神論者ですから」
「…」
「あ、勿論住所も氏名も伝えましたよ。本名ではない気がしますが、ちゃんと届いていると良いですねぇ」
「…。がっつり叶えて貰う気満々ですね。で、ヤクサンは何を祈ったんですか?」

 参拝を済ませて横に避けてから気になって聞いてみたら「何だと思いますか?」と返された。
 どうせ「いっぱい遊びたい(意訳)」だと思ったら、俺と同じ「良い年でありますように」だった。ニアミス、否、神父サマにとっての良い年ってそう言うことだよな。

「あ、お守りも買っていきましょう!」
「良いですね」

 曲がりなりにも違う神様に遣える神父だけど。今更過ぎてどうでも良くなってくるな。

「家内安全てどうですか?」
「ウチ、教会ですけど」
「厄除け?」
「侵入者が有ることを厄と考えて良いですか?」
「合格祈願」
「何の」

 取り敢えず二人とも自分の干支が曖昧だから来年の干支だという柄のお守りを買うことにした。
 神父サマが絡むとろくな解釈にならないので見た目で選んだ結果、効力は何だったか忘れてしまった。多分何にでも効くだろう。

「雑煮、明日用に作ってあるんですけど、帰ったら食べます?」
「確かに少しお腹も空きましたね、是非」
「ヤクサ、神父サマって着物似合わなそうですよね」
「私は一応純日本人なんですけど…」

 来たときよりもだいぶ恋人や大学生くらいのグループが増えて来た境内。これだけいると中には着物を来た人も少なからずいて如何にもお正月って感じがする。
 ちょっと目を離した隙に参拝への道のりは列ができていて、警備の人が整理に追われる益々活気に溢れた状態になっていた。

 そんな神社を後にし、途中で買った缶コーヒーで暖をとりながらの帰り道。

 神父サマへの呼び方も戻し、平和的な会話をしていたら遠くからゴーン、ゴーン、と除夜の鐘が聞こえてきた。
 俺等の行った神社か、或いは他所か。
 取り敢えず、まばらになった通りすがりの人達の見よう見まねでこの台詞は言っておこう。

「神父サマ、明けましておめでとう御座います」
「マチクンも。おめでとう御座います、今年も宜しくお願いしますね」


end

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