心理テスト~海と壁とカップ~

「心理テスト?」

 いつものように遊びに来た鳴衣が、いつもと違って紙とペンを差し出してきたので反射的に受け取ったらそんなことを言われた。

「そーそー。是非とも真知きゅん達にもやって欲しいなって☆」
「…はぁ」

 「心理テスト」という名称は聞いたことがあるから、何となくはどんなものかは分かる。
 と言うかネーミングからしてどんなものかの想像はつく。

 だからと言ってやったことがあるわけではないから、目を輝かせる鳴衣には悪いが曖昧な返事しか返せなかった。

「面白いじゃないですか。お客さんもいないですしちょっとやってみましょうか」

 俺とは対照に、ニコニコと相変わらずの笑みを浮かべたまま紙を受け取った神父サマは乗り気だ。

 こんなのは好きなのか?意外だな。

「お二人の紙とペンが足りないなら用意しますが」
「俺っち達は先にやっちゃったから、お構い無く!」
「こーゆーのは答えを知っているとやりづらいからな」

 神父サマの問いに体の前で大きく腕でバツを作って拒否する鳴衣と、その隣で苦笑する馨流。

 成る程確かに。

 改めて「実は私はこんな人です」なんて暴露は解答によっては恥ずかしいかもしれないな。
 それを考えると、どんな質問が来ても初見になるオレなんかは丁度良いのか。

「それじゃあ始めまっす!」
「「はーい」」

 適当に席に着いて、オレ等はペンを構えた。


…………
……………………


「まずは"海"と言われて、思い浮かべる形容詞を三つ書いてくださいっ!」
「形容詞?」
「例を挙げてしまうと引っ張られるだろうから控えるが…ようはそのものに対してのイメージだな」

 オレの疑問に馨流が答える。

 つまりは「綺麗」とか「軽い」とかそう言うのだな。

「お堅く考えなくて良いよぉ?パッと思い浮かべたやつ!多少回答と噛み合わなくてもそれこそイメージで補うからー」
「ま、そう言うことだ」
「なるほど。」

 二人が回答を知っているからか、心理テストと言うものがそう言った許容範囲が広いのかは分からないが、あまり難しく考えなくて良いみたいだ。

 海、海だよな。
 実際に見たことが無いから創作物のイメージが強いな。

 ……………。

 こんな感じだろうか。

「二人とも書けたかなぁ?なら次のお題!………は、えーと、」
「今度は"壁"で思い浮かべた形容詞を三つだ」
「そうそれ!馨流ちゃんナイスフォロー☆」

 壁?

 今度は身近だけどあまり意識したことのない物が来たな。

「悩んでるねー」
「どうしてもなければ無理にとは言うまい。一個や二個でも良いぞ」
「…なんか負けた気がする。」

 二人や神父サマがちゃんと三つ書いたと言うのに、オレだけ少ないのは何となく腑に落ちないので少し手間取りつつも三つのイメージを書いた。

 案外明快な形容詞にまとめるって難しいな。

「こんなもんか、」
「じゃ、じゃ、これが最後のクエスチョン!」

 二問目で唸っていた鳴衣が、紙の余白に目を光らせる。

「"カップ"について!どんだけでもイメージを、」
「これも思い浮かべる形容詞三つだ。」

 途中から鳴衣の暴走が入ったから、馨流の訂正が入った。
 
 何故出題者の鳴衣のテンションが上がっているんだ。
 そんなに面白い答えだったのか?

 それにしてもカップか。
 というとコップとは別物だよな。

「なんか馴染み無いなぁ」
「そうですねぇ。うちにも有るっちゃ、有るのですけど、」

 カップと言えば、元々使用頻度が少なかったのに耐熱性のコップなんかを使いだしたらますます出番が無くなってしまった。

 勿体無いし今度引っ張り出して使うかな。
 馨流達って普段はコップよりカップの方が使っていそうなイメージだし。

 でも、とりあえずまずはカップのイメージを書き出すか。


…………
……………………


「さて!それじゃあドッキドキの答え合わせにまいりまっす!」

 オレと神父サマがほぼ会話でカップ像を紡ぎ出し終わったところで、鳴衣の声がかかった。

 結局形容詞と言って良いのか微妙な回答も有るから、成り立っているのか不安は無くもないが。
 この手を盛り上げるのが上手な鳴衣もいることだし、上手いことフォローをしてくれるだろう。

 因みにオレも神父サマもお互いに書いた内容は知らない。
 当然進行役の二人も知らない。

「じゃーまずは"海"っ!これは"生"に対するあなたのイメージがわかりまっす!」
「海に対する印象、イコール生に対する印象ということだ」

 どうだった?と鳴衣に急かされつつ、海の形容詞を書き出した部分だけが見えるように折り返して皆に見えるように出す。

「真知きゅんは…暗くて、深くて、綺麗。かぁ」
「うん。綺麗っていうのは深海に光が射し込んでいる時のイメージ…かな」

 オレは本物の海を見たことが無いせいか、海中のイメージが強かった。
 しかもそこそこの深海。

 いつぞや捨てられていた人魚姫の絵本で見た海が一番始めに知った海で、今も一番印象が強い気がする。

「神父サマは、広くて、浅くて…美味しい?」
「アハハ、海って美味しい生き物がいっぱいいるなーと思いまして」

 私も海には学生時代に行ったきりですよ。と、オレが海には行ったことがないと聞いた神父サマは答えた。

 浅いってことは、オレとは逆にその時の浜から見た印象だろうか。

 "生"のイメージが美味しいもの…まぁ魚介と人がイコールだと考えれば、楽しみがいっぱいの神父サマには合っているかもしれないな。

「ほうほう、二人ともイメージが真逆で楽しいお。真知きゅんは静かなる希望で、神父様は楽しい期待って感じでどちらも美味しい展開だお」
「展開言うな。」

 何やら鳴衣独自の解釈を始めたようで馨流に頭を叩かれていた。

 そう言う鳴衣こそ海に対して楽しげなイメージを持っていそうだよな。
 今この瞬間が楽しそう。

「お次は"壁"!壁は"死"と置き換えてくださいなっ!」
「へぇ、海と壁は対みたいだな答えになるのか」
「自然代表と人工代表って感じですね」

 生の次は死か。

「オレは…身近で、繊細で、まぁ安心感はあるって書いたな」

 壁は何処にでもあるが、その中でもオレがイメージしたのはこの教会の壁だ。
 ついでに家無き子をやっていた経験上、雨風凌げる壁が有るのはどんなボロ家でもありがたかった。

 死が身近。

 そりゃそうだ。
 殺人鬼と暮らして、その死肉を食ってんだから。
 今も冷蔵庫には死がたっぷり詰まってる。

「私のは、いろんな所に有って、落書きしたくなる、便利なもの。ですね」
「凄まじく文章的な回答が来たな」
「壁に思い入れが無かったもので」

 二つ出すのも一苦労でしたよー、と笑う神父サマ


 馨流が回答方法に呆気にとられる傍らでは鳴衣が、案外真知きゅんが大人っぽくて神父様が子供っぽい回答をするねー。とケラケラ笑っている。

 いやこれ、本物の神父の回答じゃなくて良かったよ。
 と言うか二人が死に対するイメージだって所から意識が逸れていて良かったよ。

 壁と死を置き換えたら結構ろくでもないイメージになってないか?

 落書き…イタズラを神父サマの"お楽しみ"ととるからいけないのか?
 神父的に「死に思い入れがない」とあっけら言ってるのはどうなんだ?
 あんだけサクサク殺しているのを知ってるから人でなし感が強くなってるだけか?

 まぁ、人でなしって括っちゃうとオレも大概だけど。

 後ろめたい事があるから深読みするのかな。

「じゃじゃ、お待ちかねのカップに行くよぉー」
「待っているのはお前だけだ」

 オレの冷や汗も何のそので、鳴衣はあっさり次のお題に転じた。

 助かった。

「"カップ"はぁー、ズバリ!あなたの"SEX"に対するイメージでっす!」
「…はぁ」
「反応薄っ!」

 もっと「キャー」とか「恥ずかしー」とか無いの!?と椅子を叩いて抗議してくる鳴衣。

 いや、そう言われてもなぁ。

「オレが書いたのは、馴染み無いもの、耐熱性が有るからまぁ便利ではある、けど無くても困らなそう。だし」
「私も基本型は同じですね。殆ど貰い物なんで高級感の有る包みで貰うことが多いですよね。お陰で私とマチクン二人分とお客様用ちゃんと揃っていますよ」
「でもコップより繊細で簡単に割っちゃいそうで結構怖いんですよね」
「そうそう、この間割ってしまったカップをマチクンは更に粉々にしていましたね。キラキラしていて綺麗でしたよ」
「破片の中に柄とか残っているのが見えちゃうと、くれた人を思い出して申し訳なくなっちゃうんですよね。……って、散々話ながら書いていましたよね。さっき」

 だいぶ一人で考えるのにも飽きて、カップのイメージは神父サマと話ながら書き出していたから、おおよそのイメージは共有してたんだよな。

 にしても確かにソッチに欲求不満を感じたことは無いな。
 そこそこ長く一緒に暮らしていても、神父サマもイメージ沸かないし。

 「無くても困らない」はあながち的を得ているのかも。

 それに「取り敢えず有ったから使って、壊れたら粉々に」って、絶対彼女ができてもろくな扱いできてないし。
 縁遠い存在の方が良いのかもしれないな。

 SEXって言うとあれだろ?
 恋人とかを相手にするやつ。
 それってつまり、鳴衣と馨流みたいにもっと甘い雰囲気で行うやつなわけだろ?

 …?
 そっか、異性を対象にする必要も無いんだっけ。

 なんかそう考えると「取り敢えず有ったから使って、壊れたら粉々に」って教会に来る侵入者達が挽き肉になるまでを想像して冷や汗が出るのは、二人に対して俺が後ろ暗く思ってるからか?

 よし。深く考えるのはよそう。

「くそぅ、真知きゅんの慌てふためく姿が見られると思ったのにぃ!」
「カップの結果を見たお前みたいにか?」
「それは言わない約束でしょお!?……でもこんな鉄壁ヤンキーがいざそーゆー場面に立たされたらあたふたするのも萌えるっ!」
「うちの生徒じゃないんだからそーゆー場面に立たせてやるなよ…」

 当然ながら俺の邪推に二人が感付くわけもなく。
 内心焦りまくっていたことを悟られることはなかった。

 ほっと胸を撫で下ろす傍らで「人の嗜好は様々ですからね」と笑う神父サマは、オレのぎこちなさの原因に気付いたかな?
 気付いただろうな。

「因みに、二人はこのテストにどんな回答をしたのんだ?」
「ふぇあ!?なななな、何を、そんな大したことじゃないお!?」

 大したことじゃないことに対する反応が不審すぎる鳴衣。

「真知はお前じゃないから別にカップにフォーカスを当てたわけじゃないと思うぞ?」
「ま、まぁねっ、分かってた!だがしかーし!回答は自身の奥底に秘めてこそ神秘的なんだおっ」
「お前が皆でわいわいやってこそって言いながら来たんだろうが。」

 どうやら鳴衣はテストの答えを知られるのが恥ずかしいっぽい。
 まぁ、始める時に話していた状況と変わらないから分からなくもないか。
 一緒にやるんじゃなくても結局「私はこんな人」ってバラすようなものだろう。

「無理には聞かないよ。その代わり今度は皆でやりろう。出来たらあまり恥ずかしくないやつ」
「そうしようっ!でもでも、際どネタが有るから盛り上がるんだよぉ?」
「オレは有っても無くても構わないけど…」
「まぁどうせ全員が回答者だと何について分かるのかは事前に確認とれないからな」
「あ、確かに」

 クイズともまた違った問答は面白いが、だからこそこうして千差万別の答えがあるものは複数人でやってみたいものがある。

 そしてオレの回答があまり突拍子のないものではないと実証もしたい。

「それでは今度は私が問題を用意しておきましょうか。ヒマですし」
「お、良いんですか!」
「はい。私が出題者をやりますから、三人で回答者をやってください」

 徐に神父サマが気前の良いことを言うと思ったら、成程。
 考えるのに飽きたんだな。

「それじゃ!また明日ー!」
「あ、明日も来るんだ」
「うん!暇だから☆」
「今のはキャンセルだ。こいつの机には生徒会の仕事が山積みだからな」
「…うぅ…ツラい…」
「まぁまぁ。どんなに深くて暗い海でも光は差すと思うよ」
「荒れ狂う前に荒波を乗り越えるんだな」
「学生さんは大変ですねー。頑張ってください」
「はぁい…。不肖鳴衣君、美味しい魚の夢を見ながら逝って来まっす」


end

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