お願いします神父様

「神父様…どうか私を殺してください!」
「……………はい?」

日がな一日、今日初めて礼拝堂に入って来たお客さんはおどおどした一人の男性でした。

彼は身形からして明らかに金銭面に困っている様子で、尚且つあまりにも挙動不審。
物取りか何か…と良からぬ方面に事を考えるは今後の対処に"期待"する私だけでは無いでしょう。

彼を観察していると、不意に彼は私を見つけ更にわたわたと落ち着きが無くなりました。

それでも彼は私に少しずつ近付いて来ていて様子から察するにポケットは空、両手にも何も持っていない。
空き巣のつもりが強盗に変わると言う事は有りそうにありません。

ならば何の用だろう、と考え自分が一応神父であることを思い出しました。

と、その辺りで彼から発せられた私への要求。

"殺してください"

………予想外過ぎました。

神父らしく困っている人への施し───食べ物、寝床ならば多少は提供出来ますし、いくら私がエセ神父だろうと懺悔や相談であれば話くらいは聞けます。

しかし殺してくださいとは。
なんて興の殺げる申し出か。

「他を当たってください」
「…やはり駄目ですか」
「寧ろ何故了承されると思ったのですか」

彼の思考が全く読めず、ただ落胆する表情からして本気らしく困ってしまいます。

「神父様なら神様の元に送ってくださるかと」
「無茶言わないでください」
「自殺じゃ地獄行きですよね…」
「自殺幇助を頼んだ場合もアウトですよ。多分」

最後の希望が絶たれたとばかりに落ち込む彼をどうにか宥めて話を聞くに、サラリーマンのリストラから始まり家庭崩壊、離婚と絵に描いたような転落人生。
更には借金の肩代わりをしていた友人が蒸発し闇金に追われ、ついでに住む場所も失い絶望に絶望を重ね今に至るのだとか。

これ以上地獄を味わいたくないから死のうとしているのに地獄には行きたくない。
ならばどうしたら天国に行けるのか。

そこで無理繰り考えたのが神の僕に神の元に送ってもらおう。と言うもの。

私としては手近な家にお邪魔して一家死亡が明るみに出る前に次にお邪魔する家探し…である程度の生活は保証されると思うのですが。

この町の連続殺人犯が"彼"として捕まってしまったら頂けないのでこの提案は出来ません。

残念ながら私は本物の神父でも無ければ頼まれて殺してあげる様なお人好しの人殺しでもないので困ってしまいます。

「そうですねぇ…」

私は取り敢えずそれっぽい事を言うべく口を開きました。

「地獄には行きたくないと思っているのならばこの世はまだ本物の地獄ほどでは無いと言うことです。もう少し生きてみれば良いんじゃないですか?」

彼を諭す様に言う。

「これ以上失うものが無いのならば形振り構わず行動できるでしょう?」
「………、」

肩に手を置き勇気付ける。

「その日が来たら自ずと神は貴方を迎えてくれますよ」












彼は私の"助言"に思う所があったのかもう少しやってみる、と言って教会を去りました。

「神父サマ」

その後他にお客さんが来ることはなく、日暮れに門を閉めマチクンと夕食を食べているとマチクンはふと私を呼びます。

「何ですか」
「今日来た人、殺さなかったんですね」

会話を聞いていたらしくマチクンは意外でした、と続けました。

「折角"遊ぶ"チャンスが来たからそのままお楽しみタイムに入るのかと思いました」

閉門するべきかと様子を伺っていたのだと肉を切り分けながら話すマチクン。

決して彼が望んだから実行するとは思っていない辺りマチクンは私を分かっているな、とは感心しましたがまだまだ甘いようです。

「私は抵抗する気のある玩具が好きなんです。ほら、夜な夜なやって来るような」
「…つまり彼は死ぬ気だったから死にそこなったんですか」
「そうなりますね」

マチクンの手料理を口に運びながら答えます。

「あの方がどこで死んでも私には関係無いことですが、生きていれば意味はあります」
「まぁ死んだら終わり、ですもんね。真面目に仕事していたみたいですしがむしゃらに頑張ればあの人ならまともな生活に戻るくらい…」
「え?」
「…え?」

マチクンが納得と頷いている所で申し訳無いですが、私は疑問符を浮かべマチクンはそれに疑問を返しました。

「彼を見るにかなり限界そうでしたよ。どんな真面目な人間でも真っ当な道に復帰するにはそれなりの時間は必要でしょう?」

頷きながら聞くマチクンに私は隠しきれない笑みを口許に浮かべながら話します。

「形振り構わず生きようとすれば人は思わぬ行動にも出られます。…例えばここに来る"招かざる客"のようなね」
「……それって、」

頬を引きつらせるマチクンの"嫌な予感"に肯定を示して呟きました。

「どこで野垂れ死んでも私には関係無いですが……生きていれば私の玩具になってくれるかも知れません」

食事の手が止まっているマチクンを後目にごちそうさま、と挨拶をして食器を台所に持って行く。

それから、

「さっきから礼拝堂の方で"遊んで遊んで"と家探しする音が聞こえるので行って来ますね」
「………行ってらっしゃい」

マチクンが深々溜め息を吐いて食事を再開したことを確認し、私は礼拝堂へと足を向けました。



end

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