素晴らしい町

 私が旅をしようと思い立ったのは、ほんの気分だった。
 普段からそういった趣味を持っていなかったものだから、思いきったからには普段足を運ばない所に行こうと思った。

 そうして漠然と選んだのは知らない土地。
 地図にも書かれていた記憶のない町を見つけて、何の気なしに立ち寄ってみたのだ。

 門を潜った最初の感想は、普通の町。
 少し歩いて行くと活気の中で子供達が走り回り、奥様方が店先で談笑する様を見かけるようになり、平和な町だな。と印象を変えた。

 散策している途中で町並みに夢中だった私はスリに遭ったが、その時は町の人々の助力によりスリは程無くして捕らえられ、私の財布も無事だった。
 その時点で私の中でこの町は、「素晴らしい町」と言う最高峰の印象に変わった。

 度肝を抜かれたのは更に奥まで足を進めた時だ。

 あんなに綺麗だった町の道のど真ん中を、異臭を放つ大きな塊がゴロン、と塞いでいた。
 それは人間だった。

 この町では、罪人は四肢をもがれ生き死にに関係なく町中に投げ捨てられる罰則があり、罪人のその姿は善良な一般市民の娯楽となり、邪な考えを巡らす者の見せしめとなり、ひもじい誰かの食物となっていた。

 幾ら平和な町でも、たまたま訪れた私が遭遇する程度の犯罪は発生する。
 肉を求めて浮浪者が湧いていたくらいだ、捕らえられたその末路を知っていても背に腹は変えられないのだろう。

 消えぬ犯罪。
 だが断罪方法が他所と違うだけで、それ以外は他の街に代わらぬ、いや、他所よりも犯罪の少ない平和な町だ。

 ならば私は何も言わずこの町を出よう。
 助けられた恩を仇で返すような真似はしたくない。

 あの時、あの場面を見なかったならば、私はこの町を手放しに素晴らしい町と称え、友人や知人、私の言葉に耳を傾ける全ての者に訪問を勧めただろう。

 しかし苦悩に呻き苦痛に蠢く肉塊の傍らで生活する人間が、正常な思考で生きているだろうか。
 否。
 少なくとも私の知る町の村の集落の人の営みの枠からは、逸脱している。

 しかし私が戦慄したところで、切り分け持っていかれなかった「残飯」と地面を汚す赤黒い残り香は、彼等にとってはただの日常。
 だから外部から来た私にも隠さない、脅さない。

 例え犯罪率が下がり、合法的な行為であったとしても。
 こんなものは外に広めていい習慣ではない。

 私を襲ったあの罪人の肉達磨が消えた翌日に振る舞われた挽き肉のスープは、とても美味しかった。
 人間の断面を見た後にも拘らず食が進んだのは、きっと素材の良さからだろう。

 だから私は何の肉かは聞かないでおこくことにした。
 また食べたくなったら足を運んでみるのも悪くない。

 この町は人には広められない。
 そんな惜しい事は出来ない。

 次来る時は、飯代を腰にぶら下げて歩こうか。


end

[ 106/111 ]

[*prev] [next#]
戻る


top


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -