親子ごっこ-執-

 私にはお父さんがいる。
 でもお母さんは居ない。

 でもお父さんは優しくて、いっぱい遊んでくれるし、絵本に飽きた私に自分の子供だった頃の話とかお母さんとの馴れ初めとかたくさん話してくれる。

 優しくて、時々ちょっぴり厳しくて、私の居ないところで哀しそうにしているお父さん。
 私はお父さんが大好きだ。

 私が二十歳になった頃。
 私は一人暮らしを考えていた。

 お父さんは反対するかな、なんて思っていたのに、予想外にすんなり認めてくれて、嬉しいような、悲しいような気持ちになったのは今でも鮮明に覚えている。

 お父さんなら一回は冗談ぽく私と離れるのが嫌だって言ってくれると思ったのに。

 子離れできない親を持っていると思っていたのに、親離れできていないのは私の方だった。

 そのせいだろうか。
 私は気が付いたら、私から言い出した一人暮らしの話を取り消そうか、なんて口にしていた。

 その言葉にお父さんは少し目を伏せて、私のいないところでしか見せない哀しそうな顔をした。

 そしてお父さんはある告白をしてくれた。

 真剣な顔で、ちょっと泣きそうな顔で。

 私にはお母さんがいない。
 でも本当は、お父さんもいなかった。

 その時初めて、私は本当のお父さんの事を知った。

 それからお母さんの事も。
 話してくれるお父さん自体、お母さんの事をよく知らないから、そっちはあまり詳しくは聞けなかったけど。

 でもお父さんの若い頃の話は本当の事で、ただ私がお母さんだと思って聞いていた人が本当のお父さんで、お父さんだと思っていた人は、お父さんの話に出てくる昔亡くなった親友だった人、であることは分かった。

 私のお父さんは、私とは他人だった。

 お父さんは悩みながらも、お母さんを殺したのは自分だと告げた。

 お父さんと親友の人は、正確には恋人同士だったこと。
 お母さんは私の本当のお父さんのストーカーで、一方的な偏愛の果てに私を授かったこと。

 お父さんは本当のお父さんの復讐でお母さんを殺したこと。

 そして私が成長する程に、お母さんの面影を強めていること。

 私を育てる決心をしたその日に、お父さんはお父さんになった。
 なのに私がお母さん似てくるにつれ、その決意は揺らぎ愛情が殺意へと塗り替えられていくのがわかったそうだ。

 だから自分とは離れた方がいい。
 一人暮らしを、否、もう会わない方がお互いのためだ、と。

 私はこの告白を聞いても、存外驚かなかった。

 ただ、それほどまでに憎いこの顔を前にしても、娘だから、「私」だから、殺さないための精一杯の愛情を以て突き離そうとしているとわかって、私の口元は綻びそうになった。

 嗚呼。
 お父さんと私は他人。

 ならば私のこの感情は正常だ。

 今まで誰にも相談できなかった悩みが解決された。

 私の目元や純粋なところが、彼にそっくりだとお父さんじゃないこの人が話す。
 その幸せそうで少し寂しそうな表情は、お父さんが昔の話をしていた時と同じもの。

 この人がお父さんのふりをして、お父さんとの思い出を語っていた証拠。

 堪えきれずに涙を流したお父さんを見て、私はやっと私の前でもその顔を見させてくれたと気分が昂るのを感じた。
 子供の頃から私は、隠れて泣いているお父さんの顔を見るのが好きだった。

 イタズラしても「嫌い」と嘘をついても見させてくれなかったその顔。
 最愛の人のために見せるその顔。

 私はお父さんが大好きだ。

 嗚呼。
 お父さん、あまり伸びない身長だけじゃない。
 きっと私はお母さん似だ。


end

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