back!

「ごっめーん」

 自分の顔の前で両手を合わせてニヤニヤした笑顔で謝ってくる奇人。花巻。

 休日の朝、起きたらインターホンが鳴ったので出てみたらこうなった。
 前日にかりが兄弟達の元へ泊まりに出ていたから帰ってきたのかと期待しただけに、落胆と困惑が隠せない。

「ふうがてんてー、ボクのことは李彼ちゃんて呼んでくれて良いのよ」
「はいはい、花巻先生。私のことをフウガではなくカミヤとちゃんと呼んだら、私も名前で呼ぶくらいは融通しますよ」
「オーマイゴッツ!かりりんといないてんてーはボクとの心の溝広々っ!」

 「がーん」と口で発する花巻が分かりやすくショックの表情をするが、そもそも俺と花巻の間柄は仕事で二、三会話をしたかどうかの同僚だ。
 共通の知り合い、かりのお陰で身近に感じているようだが、だからと言って顔を会わせたところでお前の話し相手はかりじゃないか。

 今だって俺は「かりは留守だぞ」と言って帰す気しかなかった。
 俺の顔を見るなり謝ってこなければそうしていた。

 そんな知り合いの知り合い程度の相手が名字で呼び合うことに、なんの不自然さもないはずなのだが。

「かみゃん先生」
「…なんですか李彼先生」

 そんなに名字呼びは嫌か。と変な拘りに少し引いたりもしたが、呼び方の癖自体はかりとの話を聞いていれば分かっていることなので気にしない。
 学生時代はどこぞの有名双子のせいで名前呼びが主流だったこともあり、他人から名前で呼ばれようが気にはならないしな。

 それにパーソナルスペースの近さを議論していたら本題にいつまでもたどり着けなそうだし。

「かみゃー先生の"私口調"にあわにゃー」
「…で?俺はなぜ謝られたんだ?」

 今度は徐に何年もやって来た口調をディスられた。

 まぁ、担当教科的に仕事関係の会話の機会は少ない相手だ。
 かりといる場面ばかり見ていれば素の俺の方が馴染みがあるのだろう。うん。

 今大事なのは謝られた理由だ。

「あー、それそれ。ごめんー」
「だから何が」
「これが」
「?」

 やっと話が先に進んだと思ったら、李彼はどこぞのおばちゃんみたいな手つきで「あら、やーねー」と手を振った。

「下下」
「した?…て、うわっ!なんだこいつら!」

 指を指されるまま視線を下げれば、小さめの影が三つ。

「こども?」
「かりちん、りじちょん、じろたんネ」
「………はい?」

 こいつと話すと疑問符が絶えない。
 一応解釈すると、かりと壱稜と慈稜…てことだよな。
 何が?

「こいつら?」
「いえーす」
「嘘だろ」

 止まった頭で適当なことを言ったら肯定された。

 改めて李彼が連れて来た子供三人を見下ろす。

 銀髪のショートヘアーの子供は慈稜だろう。
 俺が見ていることに気付き、大きな瞳でこっちを見てきた。
 李彼の隠し子と言われたら信じそうなイタズラな笑みを浮かべている。
 悪ガキという言葉がぴったりで、中性的なチャラ男を意識した今よりも男の子っぽさがある。
 地毛ではない筈の銀髪は、こんな小さな頃から徹底して染めていたのか、相変わらず根本から綺麗に輝いていた。

 で、金髪は壱稜だな。
 かりから聞いてはいたが、子供の頃に猫を被っていたと言うのは本当らしい。
 壱稜だと知らなければ良い子なんだろうな、と第一印象を抱いてしまいそうな優等生然とした優しい笑顔をたたえている。
 この化けの皮を剥がしても、今ほど横暴ではないと信じたい。

 それから二人よりも後ろで李彼の影からこちらをうかがっている黒髪がかりか。
 大人しくはしているが、二人とは違いどこか警戒心がにじみ出ている。
 うつむき気味のせいで表情がよく見えないから、手を伸ばそうとしたら今度は手前から露骨な殺気が漂ってきた。
 かりの性格から考えて、かりの警戒心は俺が「壱稜達に」何かしないかということから来ているようだが、壱稜達は壱稜達で俺が「かりに」何かしないかと警戒しているようだ。

 相変わらずブラコンが過ぎる兄弟共だ。

 李彼の話いわく、朝方この三人に出会い、声をかけようと振り上げた手からたまたま持ち歩いていた劇薬を飛ばしてしまったそうだ。
 で、その薬のせいで三人は子供になってしまい、記憶もその年頃まで後退してしまったのだという。

 そんな危ない薬を無闇に持ち歩くな。とか、そんな画期的な薬は学会に発表しろ。とか思ったが取り敢えず置いておこう。

「これいつ戻るんだよ」
「明日までには効果が切れるお。だから今日のこのお休みを彼等とボクと過ごしてほしいのん」

 開口一番謝られたのは、このおもりを任されるからか。と納得した。

「流石に制作者は薬に詳しいな。てかお前は子供化しなかったのか」
「この間自分が被っちゃったお薬だからねん」
「は?」
「ボクは先立って子供なうした時に新鮮な薬品イッパイ空間で引きこもりパラダイスタイムしていたら効果が切れたのん。その時に抗体もできたみたいーネ」
「…」

 つまりは一度目は露見しなかっただけで、この薬で問題を起こすのは二度目と言うことか。
 聞くんじゃなかったと思った。壱稜達がかわいく思える暴走野郎だ。

「流石にみんなを放置して実験はマズいから、ボクがそわそわしないように監視よろろん」
「お前のおもり込みなのかよ!」

 一緒に子供達の世話をするために来たんじゃないのかよ。

「ねぇねぇここは?」
「ここも叔父さんの学園の寮の一室みたいだね。からかい甲斐のある…いや、安全な人の居住区みたいだ」
「お前には危険な人間とからかい甲斐のある人間の二択しかないのか」

 大人組の情報共有に子供達は飽きたようで好き勝手に話し出した。
 むしろここまで大人しく待っていただけで褒めるべきか。
 慈稜の言葉に返す壱稜のブレない中身が垣間見えたことに安心したような愕然としたような。
 俺は一回り以上歳上として出会ってもそんなポジションなのか。

「はいはーい、ここは今日一日三人に過ごしてもらうお部屋だにょん。困ったことがあったらかみゃー君に相談してねん」
「「はーい」」
「おい、丸投げするな。つか物分かり良いな」
「かり、行こう?」
「…うん。ここ、危険ない」
「オッケ!オレ的確認もオールクリア!かりとも遊べる場所だね」

 目配せした三人が部屋の奥へ消えていく。
 かりはずっと黙っていると思ったら、壱稜を守る為にこの部屋に危険がないか確認をしていたのか。
 こんな小さい時からしっかりしているな。

 因みに慈稜は彼等の父親、前当主の目が届かない場所かを確認していたのは余談である。

 それにしてもやっと聞けたかりの声は変声期も迎えていない今よりも高い声で、可愛らしかった。
 明らかに気を張り続けている子供を前に不謹慎だとは分かりつつ、自分と出会う前のかりの姿を見れていると思うと嬉しさを禁じ得ない。

「物分かりの良いチャイルド達だよぉ。今の西暦とか身元とか物的証拠を提示したら自分達で裏をとって自分達の本来の年齢と照らし合わせて若返り勃発を納得してくれちゃったの」
「はは…」

 可愛いげのない子供達の仕事人的な姿を思い浮かべてしまい苦笑が漏れてしまった。
 李彼は彼等の事情を詳しくは知らないはずなのだが、そんな出来すぎた子供に何も思わなかったのだろうか。
 …思わなかったのだろうな。

 奥では俺とかりの写った写真を見て、かりに似ていると三人が騒いでいた。
 かり本人は首をかしげていたが、壱稜と慈稜はそれが大人になったかりだと確信しているらしい。

「俺は菓子を用意するから李彼はあいつ等の遊び相手でもしててくれないか」
「お菓子!」
「かりが意外とスナック菓子が好きでな、買い込んでんだ」

 未開封の菓子はキッチンの方にあるからと、李彼に声をかける。

「わーい!者共!お菓子がくるぞぅ!」

 そしたら一番テンションを上げた大人が子供達の元へと駆け出した。
 あいつも実は中身だけ子供に戻っている。なんて都合の良い事態は招いていないのだろうか。
 もしそうならば、明日にはもっとまともな性格になったのだろうに。

「先生自室からお薬持ち出してきてるから一緒に遊ぼう!爆破までなら皆ボクの仕業だと思うからオッケー!」
「「はーい」」

 子供達が大人しいと思ったらヤバイやつがいた。

「危険指定薬物の持ち出しは不味いんじゃないのかな?李彼先生」
「りじっち…」
「それにその呼び方。僕が今の理事長なんじゃない?つまり爆破の後始末、僕に回ってくるってことだよね?」
「う、うん…そーにゃの」

 薬瓶のラベルを眺めながら口を開いた子供に、大の大人は威圧されていた。
 上に立つ者はすでにその風格をたたえているのか。

「うちを爆破すんなよ。飯が食いたくないってんならしょうがねーけど」
「大人しくしてます」

 適当な菓子を抱えて出向いたリビングで、何かしでかせば晩飯抜きだとほのめかせば、李彼が最初に正座した。

 慈稜は興味ないのかベッドの下を覗きに行っている。
 おい、何を探しているんだ。
 かりで間に合っているからエロ本は無いぞ。

 壱稜は大人しくしている宣言をした李彼の隣で「良くできました」と李彼の頭を撫でていた。
 変な光景だ。しかし保護者がいるなら爆破騒ぎの中心地としてうちが理科室の仲間入りすることはないだろう。
 ドクロマークの薬瓶は壱稜が没収しているし、これで一安心だな。

「かり?お前は向こうに行かないのか?遊んでいて良いんだぞ?」

 好き勝手に動く「ガキ共」から離れたキッチンで、かりは俺をジ、と見つめていた。
 壱稜達といなくて良いのか?

「んん。みんな分の料理するなら一緒にいる」

 かりが物静かに首を降る。
 俺が毒でも盛るんじゃないかと警戒しているのだろくか。
 考えすぎか。

「じゃ、晩飯の支度を手伝ってもらえるか?」
「ん」

 かりとは時間さえあれば自炊している。
 だから一緒に作ることもあるのだが、それでも子供姿ともなれば新鮮なものだ。

「…」
「…」
「…ねぇ」
「ん?」

 ジャガイモの皮をピーラーで剥きながら徐にかりから声をかけてきた。

「あの写真、僕?」
「ああ、あれな。そうだよ」
「…」
「…」

 会話が続かない。

 お陰でさくさく下拵えは進むのだが。

「かみゃー…さんてなんの人?」
「なん?…んー。…取り敢えず俺はカミヤだよ。あとかりなら呼び捨てで良い」

 まさかの天然発言に困惑しながら訂正する。
 なんの人の意味をその間考えてみたが、つまりはかりとの関係性が不可解、と言うことだろうか。

 この頃のかりは何の疑いもなく壱稜のスケープゴートとして生きているのだから、まさかかり個人として生きたあげく恋人がいるとも考えないのだろう。

「かみや…」
「ああそうだ。かりと俺はすっごく親しい仲だよ」

 舌足らずのかりに癒されながら、この歳の子供に恋人とかどうなんだ?しかも男って。と、ぼかした回答をしたが、そのせいかかりは相変わらずピンとは来ていないようだった。

「かりは今幸せか?」
「?うん。お勉強は難しいけど壱稜達ともたまに遊べるんだよ。今日はいっぱい一緒にいられるし。だから幸せ」
「そうか」

 自分から聞いたことながら、壱稜達しかいない世界のかりの回答に少し嫉妬してしまった。
 本人が幸せって言ってんだから良いんだけどさ。

「大きくなるともっと幸せになれるよ」
「?」

 変な張り合いを見せた俺の言葉は首をかしげられるだけで終わった。

 その後はかりに手伝ってもらったカレーが見事に出来上がり、匂いに釣られて腹を空かせたガキ共とともに食事を済ませた。

「は?帰る?」
「そー。今日は助かったよぉ。理事千代がおやすみからおはようまではボクのお部屋所望だって」
「ええ、理事長室まではそっちからの方が近いみたいなので。…大人に戻った時にヤベェもんないか見とかねぇとな」
「色々置いてあってこっちよりたのしそーなんだぁ。良いもの有ったらちょっといただこうかなって」

 どうやら壱稜慈稜には李彼の部屋に行きたい理由があるようだ。

「かりは?」
「お舟ギコギコ、ヨロシクネー」

 カレーを平らげたらそのまま健やかに寝息をたてだしたかり。
 俺の隣に座ったままの彼を置いていって良いものか壱稜に尋ねる。

「お前らは良いのか?」
「これでもかりが他人に気を許すなんて珍しいんですよね。だから今日だけは貴方に託しますよ。ふーがさん」
「おま、」

 ブラコンはかりだけ置いていくなんて反対するだろうと思ったのに、案外すんなりと許可された。
 ただ警戒はされていないが、別の意味で敵認定された気はする。

「じゃねー」
「おー、鍵は締めてってくれ」
「はいな」

 かりを起こしてしまわないように小声でやり取りをした後、壱稜達を引き連れた李彼は退出していった。

 かりは相変わらず眠っており、俺の服を握っているから俺も動くに動けない。

 ま、いいか。

「かみゃ…」
「ゆっくりおやすみ、かり」

 寝惚けるかりが顔を埋めてくる姿に元の姿を重ねながら、俺も温かい子供の体温に誘われ夢の世界へと旅立った。


end

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