傘にふたり。
「げっ、雨降ってんじゃん。傘なんて持ってきてねーぞ」
「阿呆。天気予報くらい見とけ」
「傘二本ねぇ?」
「ねぇよ」
梅雨も本格的に始まり、雨の日も増えて来たここ最近。
こんなことも有ろうかと置き傘をしていた俺は、どや顔で傘立てから自分のビニール傘を引きずり出した。
因みに天気予報なんか俺も見てない。
その代わり梅雨の時期だけはこうして傘を常備しているのだ。
普段は傘なんて放置したらある日撤去されてしまっていたなんて事もあるが、この時期は忘れ物も増えて多目に見てもらえるからな。
置き傘を隠すなら忘れ傘の中、だ。
フッ…俺は頭を使っているのさ。
「濡れて帰れば良いだろ」
「そんなデカイ傘持ってそれはねぇだろ心の友」
「…………お前家の方向違うじゃん」
「途中まで一緒だろ」
何故かこいつは俺の傘の中に入れて貰う気満々になっていた。
いやいや、その辺の傘拝借しとけよ。とはちょっと思ったが言わない。
そんなことを言ったら、後日俺の置き傘が無くなっていても文句が言えなくなる。
「しゃーねぇな。でも肩は諦めろよ。野郎二人で入る想定なんかしてないんでな」
「えー。ケチ」
「…」
確かに俺は折り畳まない傘を持っている。
荷物が濡れない程度には大きい傘だ。
なのにわざわざ濡れて帰る趣味は無い。
が、傘を見込める可愛い彼女がいるわけでもない親友を置いて帰るのも多少は心苦しいので入れてやろうか。
「……………ん」
「ラッキー」
鞄を持ち直して傘を差しかける。
そしたらするりと友人は傘の中に入ってきた。
「せめぇな」
「だからお前が濡れろって」
…………
……………………
…なんて馬鹿やっていた数日後。
相変わらずどんよりとした天気の下、教室でよくつるむ四人集まって昼休みの時間を潰していた。
「で?どの子が好み?」
「えー。こん中でならー、」
一人が持ってきた雑誌を囲んで適当に駄弁る。
今の話題は見開きに並ぶアイドルグループの中で誰が趣味か、だ。
正直俺はこの手の話が苦手だ。
恋とか欲とか、そーゆー話に興味が無いわけではない。
だが俺の場合、彼女達がその対象にならないのだ。
「んじゃ、せーの!」
渋い顔の俺を置いて話は進む。
一歩遅れで「好みの子」として俺が指差したのは、長髪の大人しそうな子だった。
単純に一番人気がありそうだったから。
彼女を選んでおけば浮くことは無いだろう、と思ったのだ。
意外に指の方向はバラバラで、俺と親友だけがダブっていた。
「うわ、お前等つまんねー!そいつ人気投票一位じゃん」
「いいんだよ!俺はその一位に導いた一票だっての!」
ショートヘアの元気そうな子を指差した一人が俺等をディスる。
お前だって言うほど奇抜なタイプを選んでないだろ。
「てか意外ー。みっちょんこっちと被ると思ってたー」
見るからに人を選びそうなカラフルなメッシュを入れた髪の子を指差した奴が俺に話しかける。
みっちょんとか言う変な呼ばれ方をしているのは俺だ。
そしてこっち、とは例のショートヘアの子のことを指しているらしい。
「こっちの方がまだボーイッシュで許容範囲だと思ったんだけどなぁー」
「は?」
俺は無意識に声を漏らしていた。
「?だって女の子好きじゃないっしょ?」
「何で知ってんだよ」
咄嗟に、ほんとに反射的な言葉だった。
図星だったから。
これがノンケだったら「このアイドルの中に趣味はいない」程度に解釈できていたかもしれない。
だが俺は、
「え、何お前ホモなん?」
「っ、」
そう、本当に女子に興味がない。
「えーマジ?」
「言われてみれば確かにぽい」
「いやいやぽいて何」
二人が口々にざわめきだす。
俺の反応が決め手になってしまったらしい。
きょとんとしているのは看破した奴だけだ。
「え?え?二人とも知らなかったの?え?なんかごめん」
「…」
確かにこいつは俺等のグループで少し不思議ちゃんチックな変わったタイプではあったが、まさかこんな被害を被るとは思っても見なかった。
本人は周知のことだと思っていたみたいだ。
ヘタに差別の意識がない分、全く悪気の無い発言だったことはその狼狽えようからも見てとれた。
「えー、キモ」
だからと言って万人がそんな感性は持っていない。
むしろこいつ等の嫌そうな顔の方が自然な流れなのだ。
だからこそ俺だってこんな性癖、黙っていたのだから。
「キャーヤダ、俺のことそんな目で見てたのっ?てかあなた達も狙われるわよ!」
「なんでお前がオネェ化すんだよ」
親友がふざけた口調で俺から遠退く。
俺は突然秘密がバレてしまったショックで何も言い返せなかった。
ただ勘違いしないで欲しいのは、俺にだって好みはある。
女で散々タイプ云々言っていたのに、ホモは男なら誰でもいいとかおかしくねぇか?
そしてこの場の全員、友人以上の目で見たことはない。
一人にバレたのは多分、好きそうな先輩とか先生とかを目で追ってしまったことは有るから、その視線の動きを目敏く見られていたのだろう。
「別に好きじゃねぇよ。」
「えーそれはそれで酷くね」
「否っ、ダチとしては好きだけどさ、」
「ほらー。やっぱ好きなんじゃん」
「お前、明日んなったらケツ掘られたとか言うなよ」
「ねーわ」
焦って弁解する俺とそれをからかう友人達。
パッと見は俺の秘密なんて大して気にしていなそうなふざけた口調を続けていたが、昼休み中俺から後ずさった椅子を戻す奴は居なかった。
放課後、また今日も雨が降っていた。
天気予報ではぎり曇りのままだったのに。
「ちょっ、マジかー」
相変わらず傘を持ってきていないらしい親友が空を見て声を漏らす。
「………今日も入る?」
少しためらって、それから俺は親友に声をかけた。
「え、あー」
ちょっと想像していた、あまり見たくなかった鈍い反応が帰ってくる。
「きょ、今日はいいや!ほらっ、昨日も結局送ってもらっちゃったしさ!」
「…」
普段なら絶対に「え、マジ?ラッキー!」くらいのノリで遠慮なんかしない親友が、下手な笑顔で俺の申し出を断った。
肩を寄せるどころかふざけて抱き付いてきたのはお前の方だろ。とか昨日の帰り道のことを思い出して内心愚痴ってみだが、それが届くことはない。
「じゃーな!また明日!」
「ん」
空元気のまま外へと駆け出した親友は、思ったよりも強い雨ですぐに見えなくなった。
「なんでお前の方が意識してんだよ」
俺はお前なんかタイプじゃねぇっての。
…………
……………………
それから数日。
「また明日」なんて言っていたくせに、案の定あいつの反応はぎこちないままだった。
他意無しでつるんでいた筈が「俺があいつを狙って近づいていた」みたいに思われているんだろうと思えば、俺だってあまりいい心地はしない。
あいつは俺と二人でいた時間も他の奴等と話に行くようになって、明らかに避けられていた。
俺の秘密がそれ以上拡散することはなかったから、内輪以外は喧嘩したくらいにしか思っていないみたいだけど。
変に自意識過剰なあいつとは違って、他の友人はなんだかんだ言って俺のことを変に意識することはなくなった。
いや、俺の好意はあいつに有るのだと納得して自分は対象外だと安心したのか。
だからたまに女子の話題でぎこちなさを感じる瞬間なんかは見え隠れするが、ほとんどは今まで通りの友人関係と呼べるまでに戻っていた。
「なー、お前ってあいつのどこが好きなん?」
「いや、だからそーゆー意味で好きなわけじゃねぇって」
話題を合わせようとしてくれているのか、ただの興味本意か、平気な顔で俺にそんな話題を振ってくるくらいには友人がホモ、と言う事実を受け入れたらしい。
「でもまぁ、こんだけ避けられると辛いわ」
だから俺もつい、そんな泣き言を漏らしてしまったんだと思う。
「あー、」
どこが好きか?と問われると困るが、親友をやっていたくらいだ。当然嫌いではない。
裏表の無い性格も、明るい笑い方も。
友人として好きだ。
恋じゃない。
でもどこが違うのか、と問われるとその差は自分でもよくわからない。
言われてみると気になった先輩や先生とかも似たり寄ったりな理由だった気がしてくる。
顔だって悪くはない。
女子の中で何人かはあいつを好きだと言う奴がいるだろう。
「…」
でもやっぱりあいつは親友だ。
だから俺まで変な考えを持ったら、友達にも戻れなくなってしまう。
ちら、とあいつの方を見たら、向こうも丁度こっちを見ていた。
目があった瞬間、お互いに逸らしてしまったんだけど。
「んー、もーさー、いっそ付き合っちゃおーぜ」
「は?」
「いやなんつーか。ぎくしゃくしてんのめんどいし、付き合ってれば俺等も安心?みたいなさ」
「…」
つまりは俺がフリーじゃなくなるようにしたいと。あいつはその生け贄か。
いや、あいつ、お前等の友達でもあるだろうに。
…言うだけ言ってそそくさとあいつ等は帰ってしまった。
俺も何となくあいつと同じ空間に居づらくて靴箱に向かう。
と、雨がぽつりぽつりと降りだして来た。
「傘…傘…あ。」
なれた様子で傘立てを覗きこんで、似たようなビニール傘を手に取ろうとした瞬間動きが止まる。
これ、俺のじゃない。
買ったコンビニの差、程度の違いが持ち手の色にあった。
俺が最近使っているのは黒い持ち手だ。
考えてみたら、あいつとのことを考え込んでいて置き傘用に傘を持ってきておくのを忘れていたことを思い出した。
「…」
まだにわか雨ではある。
帰るまでに強くなるかもしれないが、今走れば被害は最小限かもしれないな。
「行くか」
「おい」
俺が屋根から出るかどうかのところで後ろから声をかけられた。
最近ご無沙汰だったあいつの声。
雨に濡れていないのは屋根があるからじゃなく、こいつが傘を差しかけてくれているからだった。
「入れば?」
「…サンキュ」
親友とは思えないぎこちない会話。
「なぁ」
「ん?」
「濡れんだろ。もうちょいこっち寄れば?」
気持ち悪いくらいに気を使ってくるこいつに何の心情の変化が?と俺は首をかしげる。
「肩くらい濡れても平気だよ。つかならもっとでかい傘持ってこいっての」
「家に有ったのじゃこれが最大だわ」
少し話したせいか、少し会話のペースが慣れ親しんだものになった。
「いいから。俺のために濡れてんな」
「?」
何故お前からそんな発言が飛び出すんだ。
男のシャツが濡れて目のやり場に困るとしたら俺だろ。
とか不振に思いながら顔を覗いたらまたそっぽを向かれた。
なんで耳赤くなってんの。風邪でも引いたか?
「ヤバ」
じ、と眺めていたらもう自分の方を向いていないと思ったのか視線を戻したあいつと目が合う。
「あいつ等が余分なこと言うからさ、意識しちゃうじゃん。俺別にそーゆー趣味無いんだけど」
肩を並べて傘に入る空間は狭くて、一人言が聞こえないわけもなくて。
「知ってる」と適当に相槌をうってみたが、隣のこいつにはそんな余裕はなさそうだった。
「いや、シャツが透けてエロいとか末期じゃね?」
「何言ってんの」
謎の発言が無視できなくて、雨に負けないくらいはっきりと声に出してみれば、俺に聞かれているつもりなんか無かったのかこいつはハッと息を飲んだ。
「…俺、自分が男もイケるなんて知らなかったわ」
「…」
そんな突然の言葉に、「ああ、俺の性癖知った時のこいつ等の感情ってこんな感じか」と自分のなんとも言えない感覚に納得をした。
「男」が誰とは差していないからこれを自分と仮定するのは自意識過剰な気がするんだけど。
「家、こっちだよな」
「…うん」
「前まで送ってく」
強いて言うなら俺は男が好きな自覚はある。
あるが、自分が掘られる側でもいいなんて考えることがあるなんてのは知らなかったわ。
end
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