太陽の周りで自由に輝けたら。

「今年も桜が綺麗そうだね」
「卒業式にあの前で写真を撮ったらいい思い出になりそうな」
「そうだね」

 自分達の卒業式を思い出しながら目の前の大きな桜の樹を眺める俺とこいつ。

 今年の卒業式の日まで後何日やら。
 関係がなくなって久しいし、気にする必要の無い最近じゃ、日付も曖昧になってしまった。
 それでも四季は巡るから、蕾を付け始めた桜が今頃が卒業シーズンだと教えてくれる。
 まぁ、もう過ぎている可能性もあるんだけど。

「俺等の年の卒業式より悪いものなんてそうはないんじゃね?」
「ね」

 最低限の教師と自分等卒業生のみで粛々と済まされた形ばかりの卒業式。
 華やかさなんて考えるだけ虚しいと思えた。

 まぁ、完全取り止めよりはマシだけど。

「あの時は入学式かってくらい桜が綺麗だったね」

 懐から写真を取り出して眺めるこいつ。
 特に感慨もない卒業式の後、俺が寄り道して早咲きの桜の前にいたのを撮ったものだった。

 つか何それ。

「そんなん撮ってたのか」
「もう会えないだろうと思って隠し撮りしちゃった。で"こーなること"を想定して現像を、ね」
「マジか」

 縁はボロボロ。
 色もちょっと褪せて、いい感じにノスタルジックな雰囲気を醸し出したその写真。

 俺がめちゃくちゃ過去の人っぽくて、なんか嫌だわ。

 スマホに入っていればいつでも鮮明だと言うのに。
 アナログな思い出は数十年すら時の流れに抗えないのか。

 と言ってもとっくの昔に見られなくなったポンコツと、今もあの日を写し出す現物じゃあどっちが使えないかなんて分かったものじゃないが。

「俺等いくつになった?」
「さぁ?先に年上になった君に僕もまた並んだとは思うけど」

 桜を眺めながら指折り数えて、途中でそれを放棄して。
 カレンダー一つ無い現状に老けたと嘆かなくて良いかと納得して。

「今って何年だろうな」
「んー。令和も平成より年上になったんじゃない?」
「元号制度がまだ機能していればな」

 その辺に不法侵入して拾ってきた缶の一つを投げて渡して自分の分を開ける。
 こっちの賞味期限は西暦で書かれているが、結局のところ過ぎているかどうかは定かではない。
 と言うか過ぎていそうだから明快な回答が無くてよかった気もする。

 「消費期限じゃなきゃ大概食える」。

 食事の度に気が向いたら繰り返すこの真理。
 ただサバの缶詰の時には結構本気で食う食わないの議論をこいつとした。

 因みに俺だけ食って腹を壊した。

 魚はあれ以来手を付けていない。

「ふー。今日も空は青いねー」
「何お前。詩人にでもなんの?」

 適当な瓦礫に腰掛け、わざとらしく空を見上げたこいつがつまらないことを言う。
 飛行機一つ飛ばない空は案外飽きやすい。

「ヘリコプターの騒音もたまには恋しくなるわ」
「まだそんな期待してるの?」

 今度は俺の言葉にこいつが突っ込む。
 「こうなって」間もない頃はそれでも煩いくらいに飛んでたんだけどな。

 桜の向こう、窓ガラスは何処もかしこも割れて、廃墟感著しい我等が母校。
 澄み渡る空の下には荒廃した町。

 令和が365日に達する前、俺等が高校を卒業しようかという頃。その病原体は現れた。
 瞬く間に地球上に広がっていき、数ヵ月。
 マスクがバカ売れしている傍らで、猛威を奮ったそいつ等だっていつかは終息するだろうと楽観していたにも拘らず。

 そうはならなかった。

 熱に弱いとか、若者の重篤化は少ないとか。
 特効薬ができたとか。

 そんななけなしの希望を嘲笑うかのように、そいつ等は凶悪性を増し弱点を克服していった。
 それはもう、人類が追い付けないほどに。

 端的に結論を述べるならば、俺等以外の人間は滅んだのだと思う。

 思う、としか言えないのは当初こそ映画の中みたいなニュースが連日流れていたものの、一年も経てば社会が崩壊しろくに情報が得られなくなったからだ。
 ラジオもテレビも、スマホすら使えなくなって未曾有の事態の中、人々がパニックに陥っていたのがその後数年くらい。

 その頃はまだヘリコプターが飛ぶこともあった。

 でも俺等が助けられることは無いまま更に数年。

 病気か自殺かそれ以外か、次々と人が姿を消していったことは薄ら記憶こそしているものの、食料調達とか寝床の確保とか。
 倫理がどうなんて時期はとっくに終わり、一人でサバイバル生活に邁進するしかなくて気付かなかったのだ。

 俺の周りに誰一人と残っていないことに。

 でも高卒後には大学で適当に社会人への仲間入りを先延ばしにして遊び呆けて、留年は嫌だと周りに流されるまま就活してそれなりに会社員をやっているつもりだった人間が、文明ナニソレ世界で主人公を張れるほど生き抜く力が強いわけもなく。

 ある日ふと、ちょっと今なら果てしない空を飛べる気がして出入り自由と化したオートロック付きマンションの高いところまで登った時、先客に出会った。
 それがこいつ。

 元クラスメイトで、卒業式以来の再会だ。

「…君も…、生きていたんだね」

 俺が「こいつ誰?」と思っている間に俺のことを看破したこいつは、今にも消えそうだった気配を少しだけ色濃くして呟いた。

 俺もこいつも、今や人間の代わりに世界に蔓延る悪魔に免疫が有るのか、バカだからか、風邪一つ引かずにこの世界に取り残されていたのだ。

「なぁ、そろそろこの町出ねぇ?」
「旅にでも出る?」
「そんなところ」

 今更なりに感慨に耽って少ない食事の足しにしてみたが、近くにあったコンビニも缶詰工場もただのカラの箱になってしまった。
 足を伸ばしたところで鳥すら最近見かけていない。
 流石にカスミだけで生きられる程悟りは拓いていない俺等が住み着くには、この町はもうダメだ。

「良いね。何処かに蛇がいないか捜してみようか」
「蛇?」
「アダムとイヴに生き抜く知恵を授けるね」

 たまにこいつの言い回しはよくわからなくなるな。

「でもまぁ、確かに知識人がいれば農耕民族の力を発揮できるかもしれないな」

 今の俺等はお互いの発見で生きる気力こそ取り戻したものの、それを成就させる術までは持っていないのだ。

 学者とか、政治家とか。一介の元学生でしかない俺等よりも生き抜いていそうな人間を挙げたらきりがないわけだし。

「にしても何で俺等がアダムとイヴなんだよ。どんなに頑張っても子孫繁栄は見込めねぇぞ」
「じゃあブスでもいいから女の子と出会いたかった?吊り橋効果で好きなふりして人類の存続に貢献したかった?」
「いや、俺もそこまで人間思いじゃねぇけどさ…」

 ちょっと終末系恋愛漫画みたいなハーレム展開を憧れても許されないか?
 許されないか。

「僕は再会できたのが君でよかったよ。子孫繁栄なんか興味ないし」

 俺の回答に少し嬉しそうなこいつは早口でいう。
 学生時代はなんの接点もなかったのに。気付けばあまり動かないこいつの表情筋が見分けられるようになってしまった。

「でもアダムとイヴになるのは悪くないと思ってる」
「…はぁ」

 長く過ごしていると何となく分かるようになってくる変化。
 時折見せるほの暗い視線とか。
 そんな時、こいつが何を考えているのかとか。

「でも蛇なんか見付からなければいいと思ってる僕もいる。君さえいれば、ね」

 例え地獄でも。と囁いた声は世界が静かすぎて、俺にまで届いてしまった。
 それがこの世界を指すのか死後の本物を指すのかは分からないけど。

「まぁ、知識人が見付からなくてもそれはそれか。俺もお前さえいればまぁ良いかと思いだしているくらいだからな」
「…」

 俺は普段は言わない心の内を吐き出してみた。
 変に気を持たせた言い方をちょっとヤバ気な男にする趣味は無かったから今まで言ったことはなかったけど。
 接点の無かった学生時代より、再会して今に至るまでの方が桜が花開いた回数は多いくらいの付き合いだ。
 それなりに気を許している自覚はある。

「それは、吊り橋効果?」
「さぁ?でも例え出会ったのがブス女でも惚れてしまえば可愛く見えるもんじゃね?そしてそれが全てだ」

 正直俺は自分がとっくに狂ってしまったのじゃないかと今でも疑っているくらいだ。
 この世界はそんな俺が見ている夢なのではないかと。

 だが、だからなんだ?
 所詮、覚めない夢の中にいるのならば俺にとってこれが現実だ。

 なら感情の錯覚の一つや二つ増えたくらいで考えるのもバカらしい。

 本物の俺が本当は可愛い幼馴染みに手を握られていたとしても、絶望の中で一人寂しく膝を抱えていたとしても、今体温を感じているのは紛れもなく隣で肩が触れたこの野郎である。

「と言っても俺としては地獄は地獄でも現世の地獄を生き抜きたい派だから?人を捜す旅には出る」
「うん」
「でもその前に一ヶ所だけ寄り道させてな」

 その日暮らしの俺等が準備なんて大層なことをする必要はないので、ちょっと期限切れの缶詰を詰め込んだ鞄を提げたら旅の準備は完了だ。

「何処?」
「俺等が死ぬはずだった場所」
「そこは、僕等が再会した場所くらいにしてよ」
「んな色気ある表現なんかできるか」

 動かなくなったスマホを未練がましく持っていたが、もうやめだ。
 これが俺の妄想だったなら、いつかは都合よくスマホの電源が復旧したり誰かと連絡がとれたりするんじゃないかと思っていたのだが。

 思い出を見返すことすら出来ないようなポンコツなので、俺の煮え切らない思いと共に俺の代わりに死んでもらおう。
 どうせ右手に握るならば、暖かい方がいい。

「じゃあ僕も、この写真は紙飛行機にでもしようかな。胸には新しい思い出を更新していくよ」
「いいな、それを誰かが見て合流できるかも」
「え、なら飛ばすのやめようかな」
「やめい」

 笑い声をどんなに上げたところで、やっぱり誰かがその声を聞き付けてやって来ることはない。

「じゃ、行くか」
「うん」

 それでも右手を差し出せば、すぐ隣に自分以外の温もりがある。

 先行きも見えない世界でも。

 二人ぼっちなら、案外地獄にはまだ程遠い。


end

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