「好」「き」「で」「す」
「良かったらこれっ、貰って!」
「あっ、ずるーい!私のも!」
「私のやつもあげる!」
「私も!」
「…あ、ありがとう」
仲が良いのか悪いのか分からない女子達が、互いを牽制しつつ平等に渡してくる小箱、袋。
それらは一様に綺麗にラッピングされていて、いかにも「バレンタインです!」と主張してくるようだった。
彼女等の気迫に圧され、窓際に追い詰められながら俺はお礼と共にそのチョコを受けとる。
折角好意でチョコをくれているというのに、それを受け取る俺の笑顔の引き吊りはバレていなかっただろうか。
否。そんな心配は、恋する乙女フィルターの前では杞憂だな。
ついでに男共からの嫉妬フィルターにも、この引き吊りは映らないらしい。
つまり俺は、勝手に夢を抱いた女子達から三倍返し用の「期待」を押し付けられたあげく、無闇に敵を作ったと言うことか。
なんだかすごく割りに合わない。
ホワイトデーは俺にとって金欠イベントでしかないんだけど?
まぁ断れない俺も悪いんだけどさ。
露骨に「本命」を強調して、俺が拒否を口にする前に「考える時間」を提案してくるその有無の言わせ無さは、俺に頭を縦に振ることしか許さないんだ。
そうやって知らぬ間に自称彼女ばかりが増えて不名誉な噂が飛び交ったあげくイケメンボッチの称号を授けられた俺についてどう思う!?
彼氏が名前も知らない女子と何又もしたあげく孤立してるって、彼女としてどうなの!?
俺の片想いは勝手にやるから「自分のこと?」とかこれ見よがしに反応しないでくんないかな!
「はぁー」
紙袋いっぱいのチョコを片手にため息を漏らしながらあと少しの距離にある教室を目指す。
このため息も、男子には「モテて困る」オーラに変換されてしまうことだろう。
俺はチョコは好きだ。
それに貰っておいて捨てるのも申し訳ないから、全部食べる。
と言っても手作りっぽいものは少し躊躇うけど。
何か入れられていそうでちょっと怖くない?
「はよー、今年もスゲーな」
「な」
自席に座り鞄と紙袋を机の脇にかけた頃、隣の席から声をかけられた。
友達、と呼んでも許されるのか分からないが、俺が定期的に話す数少ない相手だ。
だから友達と呼ぶ。
何がなんでも呼ぶ。
知り合いでは終わらせない!
さて、俺が彼との関係を友達だと固執するわけだが、これはボッチではないアピールの一環ではない。
まぁ、友達も欲しいけど。
俺は、こいつのことが好きなのだ。
女子達が俺に向けてくるような感情を、俺はこいつに向けている。
元から恋愛対象が男だったのかとか、独りでいるところを話しかけられたからコロッといったのかとか、俺がちょろいだけじゃないかとか思う部分は少なからずあるが、現行で好きには違いないので俺はこいつが好きだと言い切ってやる。
「チョコひとつ貰えない俺にお恵みをー」
「お前、友チョコあんだろ。」
涙ぐむ演技と共に手を差し出してくるこいつだが、その口はモゴモゴしている。
そして明らかに今日という日を体現する甘い匂い。
男友達、それにクラス全員に渡す系女子から、なんだかんだ言いつつこいつもチョコを貰っていたりすることを俺は知っている。
甘党だって周知されてるしな。
因みに甘党仲間として仲良くなった俺らである。
「本命がないっ!本命がないんだよ!一口で食べきれないくらいのチョコが欲しいんだよ!」
そう言いながら彼はチロル的なチョコの包装を開いてまた口に放り込む。
誰かから貰ったのだろう。
確かに俺が貰ったやつは割って食うなり、何粒か入っていたり。
少なくとも一口で終了するタイプは少ないな。
つか、本命チョコのイメージそれ?
色恋よりも食欲が勝っているのを俺は喜ぶべきか。
「本命…本命な、」
未だに差し出してくる手を見て、ちょっと躊躇い、それから机の脇に手を伸ばす。
「愛のお裾分けだ。受け取れい」
「なぬ!」
「鞄」から引きずり出したずっしりと思いそれを彼の手に置いたら、瞬間的に飛び起きた。
「ナニコレ!こんなんどうしたん!?配るよう?」
「ボッチの心を抉るな」
お前のグループと違って俺にバレンタインだからと渡して回る相手はいない。
…と言うのはわかっているだろうが、それ以上に「女子がくれた」とは思わないようだ。
「やる」
「え?全部?マジ?」
目を輝かせてまた一粒、こいつはチョコを口に放り込んだ。
今度のは俺が渡した分だ。
「サンキュ」
「どーいたしまして」
俺があげたのは柄もなにもない透明な袋にチロルが詰まった義理チョコ配布用みたいな袋。
「どしたんコレ」
「…立ち寄った店で見付けた。面白いっしょ、そのパケ」
よく分からないチョコの詰め合わせを貰ったこいつは口か手を常に動かしながら、その原因足る袋を眺めて首をかしげた。
このチロルをたまたま寄った店で見付けたのは確かだ。
バレンタインというどさくさに紛れて、俺もこいつにチョコを渡そうと浮き足立っていた。
完全に自己満足。
女子から貰った分のお裾分けのていでなら本命くさいチョコでも渡せると思ったからだ。
でも手作りはハードルが高いし、じゃあ市販、というといっぱい有りすぎてどうしていいか分からない。
そんなこんなと考えながらさ迷っている最中、ふと目に留まったのだ。
この、パッケージに一文字ずつ印刷されている一粒チョコを。
どうやらコレは自分で言葉になるように箱詰めしろ。と言うことらしい。
「好」とか「愛」とか告白っぽい文字なら漢字もあった。
面白い、と同時に言葉にできない告白も可能じゃん。と衝撃を受けた俺は、いそいそとそのブースに入っていき、箱に詰めて購入を果たした。
そう、この時はまだ箱に文字として入っていたのだ。
が、帰った頃にふと気付いた。
これ、渡すの?
仮に、…仮にだぞ。「好きです」と描いてあったとして、それを男子学生が男子学生に貰ってどう思う?
多すぎるチョコのお裾分け。と言われてただのチロルならまだしも、露骨に告白の文言が書かれているチョコって食いづらくね?
と我に返って気が付いた。
本命用の高級っぽい箱のチョコを貰うより食いづらい。
でも昨日の放課後に買ってきたからもう時間もなかったし、じゃあ渡さないのは勿体無いからとその辺の袋に自分用に買った普通のチロルとぶっ込んできた次第だ。
質より量のこいつにはむしろ良かったと思うけど
「これって本命?」
「んー。そうそう本命本命、大本命。なんせ先着一名様分だし」
分けたらクラス全員に渡す系女子よりも持って来ていそうではあるが、これで一人分だ。
義理っつーかもはやパーティー用みたいになっているが一人分だ。
ニヤニヤと笑いながらチョコを頬張る目の前のフツメンすら、惚れた弱味でカッコ可愛く見えてしまう俺の挙動不審を誤魔化すように本命と暴露する俺。
どうせからかってんだろ。
本気じゃないのは百も承知だ。
「ならこの言葉への回答はホワイトデーまでお預けで良いよね?」
「?…っ!?」
仮に、袋の中の大量のチョコの中からこいつが上手いこととある四文字の言葉を見付けたとして、その四文字の中身を食べられた包装紙達がこっちを向いているとして。
これが演技だったら俳優を目指すべき真っ赤な顔の俺を前に、未だにニヤニヤをやめないこいつにどれだけの期待をしていていいのだろう。
end
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