ちゅーの年始め

「「あけましておめでとうございます」」

 寮の一室、ルームメイトの俺とこいつは形ばかりの頭を下げた。

「2020年だよ。令和ももう二年目だよ。一年は早いなー」
「令和はまだ半年しか味わってないけどな」

 すぐにテレビの先に視線を戻し、言葉だけで適当なやり取りをする俺等。

 寮なんてほとんど誰も残っちゃいない。
 そんな状況だし、他の奴は普段は二人部屋でも今頃は相手を気にせず悠々と共有スペースを使えている、はずだ。

 にも拘らず。

 毎年家に帰りたくない俺と、たまたま今年は両親が出張で帰る意味がないこいつは広くもないこたつに入ってテレビを見ていた。

 寮に残る知り合いはいないから三人も四人も集まってワイワイとかやれないし。
 明らかに混んでる町中に繰り出すほどパーティーピーポーしてないし。

 だからってなんで野郎二人で寂しく年を開けてんだよ。
 普段は一人で年明けしてる俺が言うことじゃないけど!

「お、ここって除夜の鐘聞こえるんだ」
「おー。ちょっと鐘の音は長いけど正月っぽいっしょ」
「うちの近く神社無いんだよね。いーなー」

 正月飾りなんて無い普段通りの部屋じゃ、あけおめ連呼のテレビとこの鐘の音くらいしか「らしい」イベントもない。

 あ、でも朝飯は餅にする。
 今年は最悪喉に詰まらせてもすぐに救急車を呼んでもらえるし。

「なーなー」
「んー?」

 正月らしくないコマーシャルを眺めていると、暇なのか隣から声がかかる。

 てかなんでお前は出掛けないの。
 言っちゃなんだがこの空間、楽しいか?

「ちゅーしない?」
「Why?」

 鐘の音じゃ拭いきれない雑念ばかりの俺は、明後日の方向から飛んできた暴投に頭をぶっ叩かれた。
 一瞬、日本語まで飛んでしまったじゃないか。

「去年こそは彼女つくって初キスに漕ぎ着けるつもりだったのにまたダメだったんだよ」
「はぁ。で?」
「ほらうち男子高じゃん?だからそもそも女子との出会いもないっていうか」
「うん。で?」

 ちゅーってなんだ、ネズミか?とか現実逃避すらさせてもらえず、こいつの願望を聞かされる俺。

 テレビ始まったのに全っ然頭に入ってこないじゃん。
 なんなの、いやがらせ?

「これはもう手近なお前でキス童貞卒業するしかないかなって」
「思うなこのバカ。」

 何?男に目覚めたわけですらなく消去法?
 ルームメイトだぞ。

「早まるな。今年に期待を持て。つーか、んなこと素面でやったら気まずくてしょうがないだろ」
「へーきへーき。マウスが当たるだけだって。ネズミだけに」
「俺が平気じゃねーよ」

 上手いこと言いました、みたいな雰囲気ヤメレ。苛立つから。

 しかも口にする気かよ。
 つか当たる「だけ」ならやんなくてもいいだろ。

「えー。ついでにお前も卒業して一緒に玄人顔して彼女作ろうぜ」
「なんで俺まで経験なし確定なんだよ。つかんな黒歴史、彼女遠退くわ」
「えっ、何、お前したことあんの?ズリー」

 駄目だ、既に酔っぱらいでも相手にしている気分に陥る。
 会話が通じない。

 お前が野郎共とひと狩りどころか何十回とゲーム周回している間に、俺はリアルで彼女作ってキスの先まで到達してるよ。
 まぁ、その後サクッとフラれたから誰にも話さなかったけど。

 そういやあの女、別れ際に俺に「ヘタクソ」とか言ってきやがったな。

 え、何、童貞がモテない論は正しいの?

 いやいやいやいや。
 それとこれとは別の話だよな。

 それこそ経験を積む相手は女の子の方が…て、そんな簡単に彼女が出来たら苦労ねーわ。

「ほれほれ初キスから縁起よく新年を迎えよーぜ」
「どの辺が縁起良いんだよ…たく、ちょっと待ってろ」
「?」

 あまりにも平然と言われ続けると、もしかしてこいつの言い分の方が正しいんじゃ?なんて気になってくる。

 が、やっぱり素面でできるもんじゃねーだろ。

 となれば。

「特別に分けてやるからさっさと呑めや。」
「え?え?ナニソレ悪いやつーウグッ」

 俺は必殺の奥の手、自室に隠していた兄貴から送られてきたの缶ビールを引っ張り出してきた。

 一人で年を越すつもりだったからその時に呑む予定だったのだが、こいつがいるせいで呑みそびれていたのだ。

 建前程度だろうと素面じゃなくなる、俺は酒を呑める&共犯ができる。

 これなら一石二鳥だろ。

「ングググ…。ぷはぁ…うえー、酒なんか初めて呑んだー。マジー」
「文句言うな。ダースであるからさっさと正気をなくせ。」
「お、チューハイ?リンゴはウマソー。てか色々あんじゃん、大人の階段登りまくっちゃうじゃん」

 言い出しっぺのこいつはともかく俺はさっさと酔ってしまいたいのだ。と缶を開けるペースを早める。

「ちゅー」

 はいはい好きにしてくれ。

 酔ってんのか普段通りか分からない陽気なこいつに、一先ずぽっぺたにちゅーされた、までは記憶がある。

「お。嫌がんない?嫌がんない?初物他にもやっときたいんだけどー?」

 はいはい好きにしてくれ。

 好きに…。

 …。

 目が覚めた時にはもう新年の昼で、自分が呑んだ記憶の無いリンゴの味が口内に残っていたり、二人仲良く裸でベッドにいたりしたのは、淡く残る初夢の影響だろうか。


end

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