俺の知りたいお兄さん
何処で感付いたのか、いつの間にやら新井(にーい)は近所の五歳の子供の前世が自分の元上司であると知っていた。
普通そんなことあるか?否、無いだろう。
新井は転生なんて現象を仮定するほどファンタジーな脳内をしていたと言うことか。
「お酒飲まなくても先輩は先輩だったんすね。俺、嬉しいです」
「…そうか」
先月の七五三以降、俺を前にすると妙にそわそわしていた新井に業を煮やした俺が問い詰めると、新井は困ったように俺に前世の記憶が有るのかを聞いてきた。
バレているなどと思っても見なかった俺が分かりやすい狼狽えを見せたことでその事実が発覚してからは、二人きりの時は新井は俺を「先輩」と呼ぶようになったし、俺も彼を「にーに」ではなく「新井」と呼ぶようになった。
まぁ、元上司と部下の身としては大人と子供の振る舞いも逆に気まずいものがあるだろう。
と言っても元より特別子供の無邪気さを演じず、落ち着いた性格として無理なく素で通してきたお陰で、中身がおっさんだとバレたところで思い返して恥ずかしいことはそんなに無いのは幸いだった。
無いが。
「ところでなんだ?この体勢は」
「え?」
コタツで新井の膝の上に座らされている現状への不服くらいは申し立てても許されるのではないだろうか。
今日はクリスマスである。
今世の俺の両親は多忙の身で、イヴにどうにか時間をあけて家族水入らずの時を過ごしたが、二日連続の休みなど認められず。
律儀に俺が寝静まってから枕元にプレゼントを置いたら仕事に駆り出されていった。
で、そうなればこいつの出番だ。
五歳児の面倒を見る近所のお兄ちゃんこと新井がいつもの時間にやって来て、今回は珍しく彼の家で過ごすことになった。
新井は面倒見がいい。
それは肯定しよう。
現状の俺は子供だ。
それも肯定しよう。
しかし俺の正体がおっさんだと知っていて、尚且つ、新井は子供を子供だからと子供扱いしないタチだ。
なら何故俺は膝の上に座らされている?
バレる以前ですらこんなことは今まで無かっただろう?
「ダメっすか?」
「ん、いや、ダメではないが…」
客観的に見た違和感はない。
が、少々気恥ずかしいのは察してもらえないだろうか。
「なら諦めてください。俺、先輩にずっとこうしたかったんす」
俺が明確な拒否をしないことを良いことに、新井は俺の腹に腕を回して抱き付いてくる。
ずっとこうしたかった、て。
まさか新井、幼児趣味だったのか?
中身が俺だと分かり気安くなったのか?
まさかできる男の欠点がそんな犯罪スレスレの嗜好だったとは。
背中に頬の当たる感触を感じながら、それならば新井が他の子供で間違いを犯さないように俺で発散するのも吝かではないな。と俺は一人納得するのだった。
「先輩、昨日はケーキ食べました?」
「ん?そうだな。ショートケーキが用意されていた」
「ビンゴ!そうだろうと思ってチョコケーキを用意しといたんすよ」
充電完了、とよく分からないことを言いながら台所に向かう新井。
そう言えば職場にいた頃から俺と話終わった後や、あいつの差し入れのケーキを食べた後なんかにもそんな発言を耳にしたな。口癖は相変わらずか。
「これっす!先輩が以前から好きだったケーキ屋のやつっすよ!」
「ああ、あの。まだ営業していたのか」
「代替わりして息子さんが店主してるっす」
すとん、と俺を膝に乗せ直して座る新井。
もう何も言うまい。
「うまいな」
粉雪の雪景色の上に雪だるまとサンタの人形が乗ったケーキを見ると、あの店では以前はこう言った細工のあるケーキは出していなかったよな、なんて時代の流れを感じた。
この店も新井が見付けてきたのだったな。
「先輩」
「ん?」
新井の後ろから抱き付く腕の力が強くなる。
そうか、ホワイトクリスマスか。
そりゃ寒いよな。
「もう勝手に消えちゃわないでくださいよ。俺ホント、寿命縮まったんすから」
「…」
そう言えば俺が事故に遭ったのもこの時季だったか。
車道の路面凍結には歩行者も気を付けないとならないな。
「安心しろ。この奇跡をみすみす手放すつもりはない」
一度死んだ記憶があるだけにあんな思いは二度としたくないし、味わっても欲しくない。
と同時にそうやって取り残された者の悲しみも味合わせたくはない。
「俺、死んだらすぐに転生して先輩のところに行きます」
「おいこら死ぬ前提で話すな」
両親曰く出会ってすぐの新井は目を離すと何処かに消えてしまいそうな、本当に廃人のようだったと言う。
その原因が「大切な人の死」だと言うのだからそれはチャラだ。
「そこは長生きすると言え。お前も勝手に消えないと誓っとけ」
チョコケーキもそろそろ食べ終わる。
だからと言って二人の関係がこれで終わるわけではない。
前世は天涯孤独の仕事人間だった身だ。
今回は親孝行は勿論、友人も作りたいし、恋人も作ってみたい。
新井のことだって変に勘繰らず、今度はもっとよく知りたいとも思う。
「取り敢えずは俺が成人して酒飲めるようになるまで待っとけ。今度は飲みに付き合ってやる」
最後のケーキを新井の口に捩じ込んで、少しの照れは笑顔で誤魔化しておいた。
「先輩…やっぱり大好きっす、今度こそは放り向いてもらえるように頑張るっすよ!」
「ははは、頑張れ頑張れ」
また抱き付いてくる新井だったが、嫌ではなかったのでもう少しはこのままにしておこう。
「あ、でも先輩。酒は無理しなくっていいっす」
「なにを。この体は下戸じゃないかもしれないだろ」
「下戸っす。お外で飲んじゃだめっす」
何故かまた新井の子供扱いモードが発動したが、そう言えば彼は幼児趣味だったか。
この趣味も俺が成長する前に矯正してやらないとな。
end
[ 84/129 ][*prev] [next#]
戻る⇒top