ハロウィンタウンへようこそ!

 俺は魔女である。
 男だけど。
 空も飛べないけど。
 それでも薬の匂いを纏った俺を周りが魔女だと言うならば、俺はそれを甘んじて受け入れよう。

 だってまだ死にたくないし!


…………
……………………


 ことの始まりは数十分間前。
 世がハロウィンと浮かれる中、商店街の付き合いでお情け程度に飾りたてられた店で、トンガリ帽にマントだけ羽織ったやる気の無い薬局店員(俺)が見た目と反比例するやたらクオリティの高いお菓子(俺作)を来客に配っていた時、それは起きた。

 トラックが突っ込んで来て一面血の海…に、なったわけでもないのに目の前が赤黒く、正に血のようなエグい色に染まったのだ。

 それは垂れ幕のような、近くで観すぎたモニターのような不思議な光景だった。

 フラットな赤い世界は数秒を待たずして崩れだした。
 バラバラと硝子片みたいに下から消失していく異常な光景。
 しかし視界が拓けて来る頃には、今度は俺の常識が崩れ落ちる番だった。

 そこは商店街だった。

 在るものを文字だけで表すならば、きっと誰にも違和感を持たれない。

 向かいの眼鏡屋にあっちのコロッケ屋、コンビニなんかも点在していて、角にある靴屋まで。
 配置は同じなのに。

 確かにハロウィンイベントに熱は入れていたけどさ。

 骸骨が眼鏡を売り込み、お化けが空を渡る。
 狼男のコロッケ屋とか、肉の種類に不安を禁じ得ない。

 商店街の褪せたアーチの色はビビッドに塗り替えられ、街灯の代わりにぶら下げられたカボチャお化けがケタケタ笑っている。

 こんなクオリティは何億もかけられる映画に任せるべきた。

 それに何より蝙蝠の舞う赤紫の空には、赤黒い三日月。
 満月になる気の無さそうな鋭い月の内側にはニヤリと笑いロリポップを噛み砕くゲスい顔。

 こんなクオリティは何億もかけた映画で観るべきだ。

 数秒前の、言ってもちゃちい素人が頑張ったクオリティが非常に恋しくなる今日この頃。

 子供にあげそびれたお菓子の詰まった籠を片手に俺がうちひしがれていると、

「お、兄ちゃんこの店の新顔かぁー?」

 陽気なミイラが声をかけて来た。

「あ、えっと…」

 どうやら薬局の前に佇んでいたから、店員と勘違いされたらしい。
 俺の背後にあるのは飾らなくても蜘蛛の巣と溶けかけの何かで充分ハロウィンテイストの、全く見知らない薬局かも疑わしい薬局だけど。

「オレ、ここの常連なんだよぉー。ほら、包帯の消耗激しいじゃん?」
「は、はぁ…」
「ん?輸血パックよりも旨そうな匂いがすると思ったらなんだ?ここの店主はついに生き餌を入荷するようになったのか?」

 気さくなミイラに肩を組まれてどうしたものかと思っていたら、新たな常連らしき吸血鬼がやって来た。

 蝙蝠が目の前で集まって人の形になる様なんて卒倒するかと思った。

 目覚めて元の商店街なら良いけどさ、それこそ生きのいい餌状態になりそうじゃん。
 勘弁してくれよ。

「違う違う!ここの新しい店員さんだよぉー」
「ほぅ。奴め、ついに店の切り盛りを人に任せる程怠惰になったか」
「よ、宜しく…」

 リアル吸血鬼に食い物と間違われた俺の生存本能が、話を合わせる選択を選んだ。
 だってさ、怖いじゃん!絶対吸血鬼だけじゃないじゃん!人が餌なの!ミイラも何食ってるか分かんないし!

「と言うことは貴様が人間臭いのは、魔女に堕ちたばかりだからか」
「あー、最近まで人だったのぉー?だからそんなに気弱なのかぁー」
「それは持って生まれた気質であろう…」
「え、あぁ、まぁ…」

 何の話だか全く分からないが取り敢えず頷いておく。

 何で魔女決定?とか聞かない。

 世の中には好奇心に勝る、危機管理能力だって有るのだ。

「店主も人の世と行き来出来ると噂なのだから、輸血パックだけではなく活きが良いのをたまには入荷してはくれまいかな」
「それは難しいっしょー。そんなことよりさぁー、それ何持ってるのぉー?新しいお薬の試供品とかぁー?」

 吸血鬼の笑い飛ばせない憂いに俺がガッチガチになって固まっていたら、ミイラの方が俺の持ち物に興味を示してくる。
 目の前で見ると包帯から覗く髪の毛とか生々しくてかなり怖いけど、俺の中で癒しキャラに昇格させてしまいそうだ。

「あ、いえ、これはただのお菓子です。トリックオアトリート〜って…あはは」

 トリートするからトリック回避させてくんないかな。なんて思いながらお菓子を差し出してみる。

「…」
「…」

 暫しの沈黙。
 もしかしてお菓子とか食べない系ですか。人肉の方がお好みですか。
 あ、吸血鬼は血か。

 とか考えている間、ミイラも吸血鬼もポカーンとしていた。

 もしかしてこの年中無休ハロウィン共、このネタが通じないのか?

「わーいトリックオアトリート〜!悪戯しないからお菓子チョーダイ!」
「あ、はいはいー、トリートですね…ん?」

 よっしゃ!一先ずトリック回避!とか安堵して籠からお菓子を一つ取り出して差し出そうとして手が止まる。
 今喋っていたのは誰だ?

「アリガトー!」

 俺が渡す相手に戸惑っていたら、スッ、と霧みたいな物が俺の持っていたお菓子を持っていった。
 その正体はお菓子なんて重いものは持てなそうな程に存在が希薄な半透明で中を漂う、その名もお化けだった。

 叫ばなかった俺エライ。

「ああー!人間の間で流行ってるヤツかぁー!」
「ふむ、合言葉で物を取引するのか。面白い」

 しかし突然の参加者のお陰でハロウィンのやり取りが二人にも分かってもらえたぞ!
 俺の心臓は既に悪戯もされたような動悸の激しさだけどな!

「トリックオアトリートー」
「Trick or treat」
「あ!これ美味しい!も一回トリートイケる?」
「え?何々?」
「珍しー、この時間に薬局開いてんの?」

 人だかりで呼ぶ人だかり。
 気付けば多種多様な怪物に囲まれることになった俺。

 ハロウィンイベントに参加する子供全員とついでに沸いてくる大人達に配れるようにと多めに作ってはあるが、配りきれるよな?
 足りなくて悪戯とかなったら俺、本気で死ぬかもよ?

「あ゙ーっ!」

 俺が怪物図鑑宜しく次々前に来る怪物に戦々恐々とお菓子を配っていたら列の奥の方で叫び声が上がった。

 お前はなんだ?お菓子に釣られたゴーゴンか?ケルベロスか?ジャックオランタンか??
 今なら喋り下手なフランケンでも観光に立ち寄った河童でも出血大サービスでお菓子あげちゃうぞ。

「何でお前こっちにいんの!?どーりで態々向こうに行ったのに見当たらない筈だよ!」
「え?あ…」

 どんな人外が現れるのかと半ば悟った俺が声のする方を見たら、そこには意外にもただの人間が立っていた。

 パーカーにサンダルなんてこの辺の仮装擬きとは明らかに違う格好をしている。

 言うなればそう、そこだけ元の商店街を見ているよう!

 しかも彼、ただの人間じゃない。
 うちの薬局の常連さんだ!

「あれあれぇー?店主じゃんー。店員君に任せきりで外出ー?」
「は?何の話?」

 当然ながら今来たばかりの常連さんがミイラの勘違いに着いていけるわけがない。
 と、思ったら。

「ははーん?お前、俺の通り道に触れて行き違いにこっち来たな?」
「どしたのー?あ、もしかして、店員君、店員じゃ無かったりするぅー?俺の勘違いー?」
「いやいや合ってる合ってる。ここの店員店員。これから頻繁に入るから仲良くしてやってよ」
「ふん、何だ。店主の知り合いでなければ今の内にそいつの味見くらいしてやろうかと思ったのに。やはり店員か。まぁ菓子が旨いから許す」
「そうそう。だからお薬の材料になりたくなければ手は出しちゃ駄目だよー」

 俺とは違いメチャクチャこっちの商店街に馴染んだ風の対応で「俺が戻ってくるまでの店番だったから」と薬局の中に引き入れてくれた常連さん。

 お菓子作り趣味としては、食べてくれた奴が好評価してくれている中お菓子待ちの奴等がまだいるのが忍びないし、何より不満を溜め込んだ怪物を野放しにするのは怖くて節分宜しく適当に残りの菓子もぶん撒いてきたけど。

 これで少しは不満解消出来てると良いな。

「おい、トリックオアトリート」
「へ?」
「だから、トリックオアトリート!」

 薬局の中に入ってやっと一息、とか思っていたら。
 隣から聞き飽きた常套句。

 まさかこんな九死に一生なタイミングでハロウィンイベントしでかすとは思わなかった。

「すいません、今持ってたお菓子、全部あげちゃいました」
「あ゙?」
「店の裏方にまだ予備が…てここ、うちの店じゃないのか」

 見知った顔に出会えて失念していたが、ここまだリアルハロウィンタウンだったわ。
 どうやって帰ろう。常連さんは焦って無いみたいだけど帰り方知ってんのかな。

「ほー?トリートはできないと。ならトリックで良いな?」
「お手柔らかに…でも帰り方分かるならまずは帰りましょうよ」
「ん?じゃあこれに名前書いて」
「?はい」

 この時俺は知った相手だと油断しまくっていた。

 人間相手ならとって食われることは無いだろうと安心しきり、その書いた書類が何かもろくに確認せずサインした。

 書類が何処から現れたとか、ペンがどうして手元まで「飛んできた」とか、化け物の相手をし過ぎていて感覚が麻痺していたのだろう。

「よし、じゃあトリック貰うぞ。ちゃんと帰してやるから安心しろ」
「ありがとうございます」

 その後、やたら艶々した彼に元の世界に返してもらった俺は、暫くこの安易なお礼を後悔することになる。

 魔女と呼ばれるあの薬局の店主が誰で、俺が店員契約の書類をいつの間にサインしていて、お菓子の評判が広まった薬局でお菓子を配るイベントが恒例化するなんて諸々が分かるのはすべてが終わってからの話だ。

「俺はお前が食いたい気分なんだが?」
「はいはい、用意は出来てるよ」

 この元人間甘党店主がうちの常連になってまで俺の元へ足繁く通っていた理由に俺が気付くのは、更にもっと後のことだった。


end

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