天の川もきっと見えてる。

「なにそれ?」
「短冊。もうすぐ七夕だからね」
「ここにお願い事を書いて、笹の葉っぱに吊るすんだよぉ」

 壱稜とイツがまだ初等部に上がってすぐくらいの頃、ある日長方形の紙を持って僕のもとへとやって来た。

 僕がまだ秘密裏の壱稜のスケープゴートとして、煌園家でも一部の者しか知らない何もない部屋で隔離されていた頃だ。
 二人の父であり煌園家現当主である嵯峨之。その弟で壱稜達の学園の理事長である妃嵯之から僕の存在をリークされ、援助を受けてこっそりとここに入り浸るのも一年くらいになったと思う。妃嵯之が嵯峨之の気を引いている内にここに来るのも最早お手の物だった。

 こっそりやって来た壱稜達は準備よく、筆箱と下敷きも持参していた。

「学園行事なんだって。かりも書こう」
「部外者が勝手に参加しちゃ悪いよ」
「ダイジョーブダイジョーブ。一人くらい増えてても気付かれないってぇ」
「で、でも…」

 当時はまだ勝手なことをしちゃいけない、と言う刷り込みが強くて、壱稜達の提案にすんなり頷けなかったものだ。

「拒否するなら今度のお土産はピーマンの炒め物にするけど?」
「う、」
「それぇ、壱稜が苦手なの押し付けてるだけじゃんー。かりぃ、かりが頷くまでオレ等ずっとここで待つよぉ?そしたら大人達来て、オレ等怒られちゃうけど、それでもいーのぉ?」

 僕が言い淀んでいると、決まって二人が後押ししてくれた。正確には脅しのような気がするし、イツのに至っては二人が怒られるでは済まない手段だった気もするけど。
 自分のことより二人の方が大事だった僕への効果が絶大だったのは間違いない。

「…かく」
「うん!よく言った!」
「そーこなくっちゃねぇ!」

 各々が膝の上に下敷きと短冊をスタンバイして面と向かう。

 壱稜はペンのキャップをしたまま願い事を書くシュミレーションを繰り返し、イツは書いては納得いかなかった短冊を丸めて新しい短冊を下敷きに乗せていた。
 成程。三人しかいないのにやたら短冊がいっぱいあったのはその為か。

 かくいう僕はそもそも願い事が思い付かなくて筆が進まなかった。

 壱稜と見紛う外見と命令を理解できる頭さえあれば僕の教育は必要が無いとはいえ、一応もしものために壱稜と同レベルの水準として一通りの読み書きは教わっている。
 だから同年代の子供よりは漢字だって使えるだろう。

 しかしそれを活かせる場がなかった。
 今さっきまでは。

 何かを考えることはなかった。それを書き出すこともなかった。
 自分の意思なんて邪魔なだけだと教わってきた。

「…二人は何を書いたの?」
「ん?まだ秘密だよ」
「最後に見せっこしよぉ」

 二人の願い事を参考にしようとしたけど駄目だった。

「かりはやりたいこととかあるぅ?」
「うーん…」
「食べてみたいものでも良いんだよ」
「んー…」

 唸ってみても糸口すら掴めずに書くものに悩んでいると、自分の分を書き終えた二人が助け船を出してくれた。
 しかし僕には僕がやりたいことが分からなかった。全ては壱稜の為に。僕なんてものは存在しないが故に。

「じゃあさぁ、三人で行きたいとことか!」
「三人で?」
「そう!まだこの部屋でしか会えないけど、いつか外を出歩けたら…みたいな!」
「三人で…」
「良いね。さっさと父から当主の座をいただいてしまえばこちらのものさ」
「壱稜、黒っぽいよぉ。かりが上の空でよかったねぇ」
「おっと」
「三人で…一緒に…」

 その言葉に少しだけ、自分の事が分かった気がした瞬間だった。
 克服するための「苦手」ではない、自身に芽生える「好き」という感情も。

 そうだ。僕は壱稜とイツが好きなんだろう。
 だから護りたいし、会いに来てくれるのを拒まない。

 ならこの先は?

 二人が並べる遊園地も公園も海も山も、見たことの無い僕にはピンと来なかったけど。

「書けたよ」

 初めて自分の意思で書いた文字はいびつで二人より子供っぽくて、だけど今の僕の心そのままを写し出しているように思えた。

「じゃあ、見せるよぉ!せぇの!」

 三人で揃って短冊を見せ合う。

──3人なかよく!
──三人で過ごす時間を大切に
──ふたりと、ずっといっしょに

 何処かに行きたいとかは分からないけど、三人なら何処へ行っても楽しいんだと思えた。

「思うことは一緒だねぇ」
「ふん、苦手なものが同じなら好きなものも同じさ。…て、かり。それ逆じゃないか」
「え?」

 見せ合いっこした短冊にくすぐったさを覚えていたら、よく見れば短冊の穴が僕だけ下に付いていた。
 書くことに気をとられていて気付かなかったらしい。

「か、書き直すね!」
「んー。よし。そのままで良いぞ」
「でも壱稜、これじゃ吊るせないよ?」
「だからこうするんだ!イツ、ハサミと紐有ったよな、貸せ」
「自分で出しなよぉ…まったくぅ。はい、お兄様ハサミにございますぅ」

 何かを閃いた壱稜に短冊を渡すと、僕のではなく自分の短冊の下にハサミで穴を開けた壱稜。
 それから紐で僕のと壱稜のを、壱稜のとイツのを縦に繋げる。

「で、仕上げにかりのにも上に穴を開けて、笹に吊るすための紐を付ければ、ほら!三連短冊の完成だ!」
「おー!」
「良いねぇ!最初からかりの分だけ上に開ければ良かっただろうにぃ。凝ってるねぇ!」
「あっ!そ、そうだろう!僕達の仲良しのしるしだ!」

 短冊を掲げる壱稜に拍手を送る僕とイツ。
 イツの指摘が壱稜の図星だったことに、感心しきりの僕が気付くことはなかった。

「大きいし一番上に飾ってもらおう。かりのは一番上になるんだ、願いは絶対聞き届けられるぞ」
「うん、ありがとう」

 程無くしていつもより散らかった部屋を大急ぎで片した二人は、いつもの笑顔で「またね」と手を振り帰っていったのだった。


…………
……………………


「あの時の短冊を飾った笹は見られなかったけど、こんな感じだったのかな」

 七夕に合わせて廊下に飾られた笹を見付けたらつい、小さかった頃を思い出した。

「何やってんだよバ会長。サボりなら授業出てろ」
「ん?ああ副会長か」

 そしたら飲み物片手に廊下を歩く副会長に見付かった。
 まぁ、位置的に生徒会室に戻るところだろうしな。

「あーそれな。初等部からずっとやってからな、めんどうなだけだわ。お前は書きたいんなら書けば?きっとお前大好き親衛隊共が群がるぜ?」

 ご丁寧に笹の横の未使用の短冊を指し示して言う副会長。

「ならお前も書くか?」
「あ?」
「俺と仲良くしたいー、なんてどうだ?」
「バカじゃねぇの?」

 素を知っている相手とは懇意にした方が何かと得策かと思ったのだが…真顔で拒否られてしまった。

「ま、折角目に留まったし書いてみるか」

 壱稜の復帰祈願だ。またてっぺんに飾るかな。

「何書くんだよ」
「見せ合いっこなら考えてやるが?」
「もういい聞かねぇ」

 先戻るぞ、と律儀に言い残していった副会長の背を眺めながらちょっと残念な気持ちになった僕。

 学園に来てから一番話しているのは副会長だろう。
 向こうはこちらをあまり好いていないみたいだけど、僕としてはもう少し打ち解けたい気がある。
 壱稜も多分、からかっているが嫌いだからではないだろうし。

「壱稜の分と、かりの分。二枚書いても大丈夫かな?一人くらい増えても分からないよね」

 こんなにいっぱいあるんだし。

 すんなり決まった願い事を、キレイな字で二枚したため一番高いところに並べて吊るす。

 あの時の願い事と共に、この願い事も聞き届けられますように。


end

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