ひな
「お雛様ってしまいそびれるとお嫁に行き遅れるらしい」
「へー」
妹の為に買ったお雛様を飾り付けていたら、その手伝いに来ていたクラスの委員長が徐にそんなことを呟いた。
正直興味なかったから、黙々と作業していた流れのままローテンションで答えてしまったけど、会話に困った委員長の苦し紛れの豆知識だったかもしれないと思ったら何か申し訳なくなった。
「…面倒だな」
委員長に聞かれない程度に一人ごちる。
これは委員長に対してではない。
並べ方やら汚れないように手袋やら何かと手間のかかる雛人形に対してである。
まさかこんなにパーツが多くて繊細なものだったとは。
妹は可愛いよ?
だからお兄ちゃんも文句を言いつつ頑張っちゃうよ?
でも俺の時は五月に兜を、とか無かったじゃないか両親よ。
それが何回出すとも知れないのにこんな立派なやつ選んじゃって。
このお雛様も選ぶときはあーだこーだ言ってたのに、いざ飾りつけってなったら全部俺任せでその他の買い出しに皆で行っちゃうってどうなのよ。
委員長が捕まらなかったら俺、お手上げだよ?
「お前詳しいのな」
手際よく指示してくれる委員長に感謝しつつ、たしか委員長の兄弟に女はいなかったよな、なんて思い返す。
というか一人っ子って聞いた気がする。
と言ってもあまりよく知らないんだけど。
委員長とは所謂クラスメイトの域をでない関係だ。
二、三回ノート回収で声をかけられた程度の交流歴だし、友人とも言えないと思う。
なのに何故か家にいる。
家で妹の雛人形を飾る手伝いをしてくれている。
ありがたいけど。
クラス委員長ってそんなところまで仕事の内だっけ?
って、そりゃないか。
比較的騒がしいグループにいる俺は、この「休み時間には席について読書でもしていそうなタイプ」との接点が無い。
にも拘らず、この雛人形の準備の道連れを捜していたらこいつから声がかかったのだ。
手順なら知っている、手伝おうか?てな感じで。
因みに仲間達には何だかんだ理由を付けて逃げられた。
皆も俺と同じで「人形ナニソレ美味しいの?」タイプの野郎だ。臆したと見た。
「テレビで観たこと有ったんだ」
「それだけで覚えたのかよ」
スゲーな、と関心したらそっぽを向かれた。バカにしてる様にでも聞こえただろうか。
「…すまないな、話題に乏しくて」
手の動きは止めず、背中を向けたままで言ってくる委員長。
普段からあまり喋らないクールな奴だと思ってるから気にしないのに。
寧ろそんな奴が声をかけてくれたから結構嬉しくて二つ返事した俺である。
「つまらないだろう?」
「いや、新鮮」
丸くなっていく背中で言われても、そこで「うん」とは言えないよな。
まぁ、実際にいつもと違う感覚に面白さは感じてるんだけど。
無理にでもテンションを上げなくて良い分、案外過ごしやすいと思っているのも事実だ。
委員長はなんでもそつなくこなすタイプだと思っていたけど、人付き合いすると結構相手を気にするタイプだったのかもしれない。
「あ、なあなあ。こいつ等ってどうすんの?」
取り敢えず手に取った初めての人形、じいさんとおっちゃんの可愛くない人形を両手に掴んで委員長の背中に問う。
会話はつまんなくはないけど、ずっと背中見ててもな。
「右大臣左大臣か、えっと、それは確かこっちがここで反対にこれを置くって書いてあったはずだ」
「へー、サンキュ」
おっさん人形達はマイナーなのかしどろもどろになりながら記憶を辿るように目をさ迷わせる委員長。
「ん?書いてあった?」
ふと今の台詞を反芻する。
なんてことはないが、さっき「テレビで観た」って言ってたから引っ掛かったのだ。
「…っ」
そしたら思ったより驚いた反応を返された。
触れちゃダメだったのか。まさか本当は少女趣味の一環で知ってたから隠したかったとか?
「…た」
「ん?」
「調べたんだよっ。キミがお雛様飾るって言ってたから。飾り方知ってれば手伝いに行けると思って!」
真っ赤にした顔で叫ぶように白状された事実は、別段衝撃的ではないが、なんでそこまで?と疑問には思う内容だった。
「お前良いやつだなぁ」
「別に、そんなんじゃない」
どうやら我がクラスの委員長はクールではなくツンデレ気質だったらしい。
そんな風に委員長への認識を改めた頃には、俺等の目の前に立派なお雛様が聳えていた。
奮発したな親。
家の格に合っていなさそうだ。
この段数、ホント委員長が来てくれてよかった。
「片付けも手伝ってやる」
「え?いや、…………あー、じゃあお願いしようかな」
こんなデカイの、片付けこそは親に押し付けようと思っていたのだが、断ろうとしたら委員長に泣きそうな顔をされたから、お言葉に甘えることにした。
いや、意味わかんないって。
「お前、そんなにお雛様好きなん?」
「違っ!俺が好きなのはキ…っ、な、何でもないっ!」
「?」
俺の適当な憶測を否定し何かを一瞬言いかけた委員長は結局、何が好きなのかは暴露せずに代わりに、
「と、友達からはじめてください!」
変な敬語で手を差しのべてきた。
「プッ、ハハ、なんだそれ。良いよ、友達から、な」
そんなかしこまってなるようなものでもないが、こんだけ言われて断るようなものでも無いだろう。
それにしても友達からって。次はなんだ?親友か?
取り敢えず委員長が嬉しそうだしいっか。
end
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