鬼縁-きえん-
「貴様が鬼の大将だな…覚悟ーっ!」
……………………。
……………………。
「夢、か。」
鳥の羽ばたきと視界で煌めく木漏れ日。
まだ少し寒そうな枝を見ながら、ここで眠るのは尚早だったかと校舎裏の芝生で体を起こした俺はまだ、夢の中にいる気分だった。
ついさっきまで見ていた夢は誰もが知る昔話の一場面。
そして俺の遠い過去。
こんな清々しい空気ではなかったけど、冷たい岩肌しかないあの鬼ヶ島は、年中冬のようだったと思い返される。
鬼だった俺には別段酷な環境でもなかったけど。
そう。俺は鬼だった。
比喩でも何でもなく、正真正銘、化け物の鬼。
それの大将なんてものをやっていた。
荒くれ者の集まりで、人間から奪った戦利品を自慢しあいながら酒かっ食らってバカ騒ぎする俺等には統率力なんか関係なかった。
だからこそ単に強いってだけで俺が頭を名乗ることを許されていたものだ。
「今も似たようなもんだな」
見上げれば鬼ヶ島には勿論、人間の村にすら無かったでかい人工的な建物、校舎が聳える。
あの時代から人間の住処がこんなのばかりだったら、鬼の体じゃ窮屈で入れなかったな。壊すのだって骨が折れるわ。
時代が違って良かった。とか思ったりする。
鬼から人に転生する間の事情は知らないから、案外世界すら違うのかもしれないな。
「ククッ、だとしたら傑作だ」
そんな校舎の中では真面目な人間が授業に勤しんでいる時間だ。
しかし俺のいるクラスは所謂不良の集まり。
まるで鬼ヶ島に戻ったように、バカどもとバカやってる場所。
授業なんか忘れられた陸の孤島。
奇しくも俺はこんなところでも一番強いからと総長に担ぎ上げられている。
これで前世の鬼どもがクラスメイトだったなら笑い転げていたところだが、流石にそこまでの縁はなかったらしい。
まぁ、仲間とも思っていたわけじゃないしな。
大将の俺ですら生まれ変わっているのだ、あいつ等はあいつ等でとっくに何処かに生まれ変わって好き勝手やってるんだろうさ。
「くわぁ…眠ぃな」
夢の中で討ち取られるまで暴れたせいか、さっきまで眠っていたはずの俺の体はまだ寝足りないと愚痴を溢す。
昼に近づき、陽も昇ってきた。
さっきよりも居眠りには良い陽気だよな。
鬼の頃ほど腕力も無ければ法律が力を奮う面倒な世界だが、これだけは生まれ変わって良かったと思う。
いや、もうひとつ生まれ変わって良かったと思うことはあるな。
「こらテメェ、何また寝ようとしてんだボケ」
「おっと、」
感慨に耽りつつも上げた頭をまた芝生に付けようとしたら、「良かったこと」の最たるものが不機嫌顔でやって来た。
人に物を投げるとはけしからん奴だな、この生徒会長様は。
俺は投げられた拳程のそれをキャッチし、眠るのを止めて生徒会長の方を見る。
「当たれよ」
「当てられるように頑張れよ」
幼少期に同じ学童保育所に預けられていたのが始まり。
こいつが節分の時に鬼役の大人そっちのけで俺に豆を投げてきて以来の腐れ縁だ。
いや、それ以前に俺を討伐した皆のヒーロー、桃太郎様か。
奇縁なもので、同郷の鬼とは誰とも無かった縁がこいつとは結ばれていたらしい。
因みに生徒会は学童保育所で節分の時に俺に豆を投げてきた問題児達こと元桃太郎一行で構成されている。
吉備団子ひとつで命を懸けただけあって、こいつらの縁は強固だった。
「サボりか?」
「テメーみたいな不良と一緒にするな。生徒会の仕事やってんだよ」
元猿の会計が計算ミスをしてその尻拭いを皆でやっているんだと。
ここにいるのはその息抜き、か。
「それにしちゃぁ、用意が周到だな?」
ヒラヒラとさっきこいつから投げられた小箱を揺らして見せる。
刀の無い現代でも豆を投げて鬼退治に精を出す奴だったが、今は少しばかり違うものも投げるようになったな。
「ばっ、それは貰い物だっ!お前にやるのは余ったからでっ!」
自分で投げて寄越したのに、見る見る顔を赤くして言い分けを始める生徒会長様。
いつもはクールで売っているのに可愛らしいものだ。
赤いリボンでラッピングされた小箱の裏には、市販品らしい情報を詰め込んだ無機質なシール。
品名の欄にはチョコレートと書かれていた。
いくら今日がバレンタインだからと言って、果たして高校の生徒会長に洋酒入りのボンボンチョコをチョイスする奴がいるだろうか。
「…お前、甘いもん好きだろ。だからだよ。他意はない」
「ふーん」
俺の横に当たり前のように腰を下ろしたこいつは恥ずかしいのかそっぽを向いたまま言葉を続ける。
本人は隠しているつもりだろうが明らかにチラチラと俺の反応を気にしているので、取り敢えず何の気なしにを装って袋を開け、ひとつチョコを口に放り込む。
「甘いな」
まだボンボンの本命であろう中身が出てくる前だが、隣で不安そうにされているのも何なのでさっさと適当な感想を述べる。
「不味いか?」
「お前が選んで不味いわけはないだろう?」
「そっか。良かった」
俺の台詞に何の疑問も持たなかったらしいこのチョコを見繕ってきたことが確定した生徒会長様。
桃太郎時代と同じ顔のクセに、ふへへ、と頬を緩ませた表情は別人のようだ。
「気分が良いからもう少しここで休んでいく」
「俺は邪魔か?」
「不良が真面目に授業に出る気か」
わざと席を外そうとしたら拗ねた会長から言外にここにいろと言われた。
チョコに続き嬉しいことを言ってくれる。
「枕にくらいなれ。逃げたら追いかけて退治してやる」
そう言って俺の肩に頭を預けた会長は安心したように瞼を閉じた。
「甘いな」
チョコが溶けて出てきたのは酒じゃなくまだ砂糖のコーティングだった。
折角の甘さだ。
もう少しこのままでいようか。
end
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