はぴはろ
「Trick or treat!お菓子をよこせ!さもなくば悪戯するぞ!」
「…」
ハロウィンの夜、人間界に降り立ち適当な家に押し入った俺を出迎えたのは、恐れ戦いた悲鳴でも、メディアで化け物慣れした子供の浮かれた声でも無く、冷やかな無言だった。
これが俺に恐怖し、或いは驚き声が出ない。と言うのであれば願ったり叶ったりだ。
しかし違う。そう目の前の人間の表情が語っている。
なんなんだこいつ。
俺、ジャックオランタンを見てのその反応。
仮に、仮にだ。
カボチャ頭で中身はがらんどう。三角にくり貫かれた目の中が赤く光ったくたびれたマント姿が怖くなかったとしよう。
そこまでは良い。お化け屋敷で万人が怖がる訳じゃあるまい。
こいつの「怖い」に俺が該当しなかっただけだ。
そんな「怖がらない人間」ならば正直何回か当たったことがある。
しかし、化け物の俺が言うのもなんだが、現実的な話をしよう。
俺はこいつの自宅に押し入ったのだ。しかも鍵を壊すでもなく突如として現れたといっても良い。
確かに武器らしい武器こそ持ってはいないが、体も手もマントの下に隠れているのだからこいつにはそれが断言できないはずだ。
つまり何が言いたいのかと言うと。
他人の家に仮装ないし変装して侵入しているのだから、到底正気の人間がするようなことではあるまい。
強盗とか、気の違ったヤツとか、人間と仮定した上で寧ろより強く警戒をするのが当然じゃないのか。
少なくとも今まで俺を恐がらなかったヤツはそういうもんだった。
結果強気に撃退に転じられて酷い目に有った事も一度や二度ではない。
だから「なにこいつ」て顔して見ないで欲しい。何なら「テレビ見てんのに邪魔」みたいな素振りしないで欲しい。
アメリカで散弾銃持ち出されて体をぶち抜かれた時やジャパンに来てからジュードーカにトモエナゲされた時よりもハートが砕けそうだ。
幻覚なら常習的に見てますとか言わないよな。友人の悪ふざけが日常なのか?
頼むから俺を…
「無視すんな!」
本当ならば決め台詞か挑発以外は言いたくないが、そうも言ってはいられまい。
折角遠路遥々やって来たのだ、無反応のヤツに悪戯して目的達成、とは言わせないでくれ。
「アズマ君、こんな夜中にまで悪ふざけとはご苦労な事だ」
「誰だよ!?」
「あぁ、今日の幻覚はハロウィン仕様か。我ながら凝っているな」
「居たよ、ふざけた友人や幻覚持ち…!……っ!?」
やっと反応を示したふざけたヤツに俺が嘆いていると、こいつはおもむろに俺の体に触ってきた。否、手を押し付けてきた。
「ふむ、手が当たる、と言うことは実体か」
「まだ幻覚説を持っていたのか!」
良かったよ俺、ゴースト系の化け物じゃなくて。
透けてて触れなければ完全に無視をしてテレビを見られていたに違いない。
「その南瓜頭良くできているな。ん?赤く発光しているのに穴の中が全然見えないじゃないか、どうなっているんだ?」
「近い近い近い近いっ!」
テレビより俺の「中の顔」が気になる事になったらしいこいつは不躾に俺の目を覗き込んでくる。
眼前で耐えられる美形ヤベェ…じゃなくて。
知らない人間だと分かった上でこんなフリーダムな行動とるとかヤベェな。
「おっ…と、」
「チッ」
不意に俺の頭を掴み、上に外そうとするこいつ。勿論阻止させてもらう。
化け物相手に悪戯しようとして失敗したから舌打ちするとかどんだけだよ。
「…」
「やめろし」
何度か成される攻防。
「…ジャックオランタンを演じるからには、お菓子を渡さず君の悪戯を受けなければ君は帰らないと言う認識で有っているかな?」
「そもそもの認識について問いたいところは多々あるが、帰れないと言う意味ではまぁ有っているな」
暫くして、寧ろ俺が怖くなるくらい普通に話し掛けてくるから、俺も同じトーンで返す。
嘘は吐いてない。プライドとはまた別に目的を達すまでは帰ろうにも帰り道が思い出せない。俺は"そういう仕様"なのだ。
「よろしい」
「俺はよろしくない」
「部屋は俺の隣で良いな?その隣は助手のアズマ君の部屋だ。分からないことは彼に聞くと良い。部屋の中はパーソナルスペースだ。踏み込ないから安心して翌日に備えたまえ」
暫くして俺の防御が固いと踏んだこいつは諦めではなく長期戦にシフトチェンジした。勘弁してくれ。
「なに、君のキャラクターが気に入ったから置くのだ。どんな顔でも気にしないぞ?」
ただの会話だった筈なのに、今のやり取りで本格的に目を付けられたらしい。
不法侵入者に滞在を勧めるヤツなんて初めて出会ったわ。
「…」
こいつは俺に"顔が無い"と分かったらどんな反応をするだろう。
中身を知ったらその興味は何処へ行くんだろう。
「ぜってー見せない。ずっと見せない」
この馴れない馴れ馴れしさに心地好さを感じる前に、本当は帰った方が良いのかもしれないけれど。
「そうか。ならばずっと居てもらうしかあるまい」
多分もう手遅れなんだろうな。
end
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