鬼にチョコレート

吾輩は鬼である。
猫じゃないので名前は有るし、ちょっと名の知れた不良なので通り名まである。

ただし通り名は痛々しいのであまり呼ばないで欲しい。

吾輩は鬼である。
鬼、正確には鬼島という苗字である。

この苗字、ガキの頃は昔話で悪役の代表みたいな印象を受け嫌いだったが、喧嘩上等の今の俺にはぴったりなので嫌いではなくなった。

グレた原因も鬼と揶揄されまくったせいではあるが、開き直るとむしろ髪を赤くするくらいには嫌いじゃなくなった。
因みにバットは金棒意識しすぎな気がして持たなかったので、俺は正々堂々拳で勝負する不良だ。

酒煙草もやらない良心的な不良だ。

で、鬼っぽい特徴が見た目以外にもう一個ある。

豆だ。
豆が嫌いだ。特に大豆。

これまた鬼由来の原因で、幼稚園、小学校と節分になると分別付かないガキに鬼役の先生そっちのけで豆を投げられたから嫌いになったのである。
手加減なんか出来ない奴等が投げた豆は痛かった。

で、そんな奴等を返り討ちにした今でも大豆を見るだけであの頃の思い出が蘇るので、節分はチョコを貰えないバレンタインよりも苦痛である。

にも拘らず。

「はい、鬼君」
「なんの真似だ桃井…」

ご近所の幼馴染みこと桃井は「今日も」豆を渡してきた。

いや、幼馴染みじゃないな、こんな奴腐れ縁て言えば充分だ。

「え、節分だし投げつけた方がよかった?」
「違ぇーよ!」

豆ご飯、赤飯、豆入りスープ、枝豆…

俺が豆を嫌いなことを承知で毎回昼飯時になっては近付いてきて豆を差し出してくる不快な野郎だ。

今日に至っては豆まき用のあの大豆。
俺を滅する気か。

因みにこの取り組みは別に好き嫌い改善キャンペーンでは無い。

「今日も良い表情だね」
「くっ、この野郎…」

ただの嫌がらせだ。
有り難迷惑ではない、完全無欠の迷惑行為。

趣味の悪いやつ。

「アハハー、しかし豆がそこまで嫌いになるなんてね。以外だった」
「あ?」
「泣いて逃げまどう鬼君が可愛くて節分になってはクラスメイトをけしかけた僕の功績!」
「ちょっと待て、テメェが原因か!」

泣く子も黙る不良の俺の琴線に触れまくる怖いもの知らずのこの野郎。
寧ろ怖いものの側だったのか。

「え、知らなかったの?好きな子を虐めたくなる男の子の性じゃないか」

あっけらと当然のように言われてもまともな俺にゃ理解できない思考だ。
腐れ縁だからって分かり合えた仲ばかりだと思うな。

「お前が、俺に、嫌がらせして、その答えに行き着くわけがねぇだろ!もっとましな嘘をつけ!」

怒りで顔まで赤くした俺になんで疑うかなー、と不機嫌になる桃井。
最低限好きでいじめる相手は女の子にしてくれ。そしてそのまま俺はフェードアウトさせろ。

「しょうがない。バレンタインにはおすすめのチョコを本命仕様で準備してあげよう」
「どうせピーナッツ入りとかだろう」
「やだなぁ、そんなことするわけ無いじゃないか」
「何ナッツだ?」
「えーこれ豆入れなきゃダメな流れ?」

クスクス笑う奴は「まぁ楽しみにしててよ、鬼をころすとっておきを用意しておくからさ」と言い残して友人の輪に消えていった。

「……」

桃から生まれたヒーロー様じゃないんだから物騒なことは言わないで欲しい。

叶うなら俺の平穏のためにそのまま帰ってこないでくれ。



そして。

相変わらず奴以外からは疎遠にされるか喧嘩を売れ高値で買い取るかして、奴からは豆入りの差し入れをされて過ぎた日々を経て。

相変わらず女気皆無でチョコのチの字もかすらなかった14日当日の放課後も過ぎ。

比較的平和な一日を噛み締めて自室でごろごろしていたらお袋を懐柔して侵入してきた奴にチョコを渡された。

「なんだこれ」
「まぁ食べてよ。毒も豆も入ってないから」
「その前置きが必要なお前って…」

でもチョコは嫌いじゃないので貰っておいた。
奴も目の前で食ったし。ナッツ的な固い音はしなかったし。

「ん…?これって…」
「俺さ、赤鬼君好きだよ?だからもっと食べて赤くなって良いよ」

中からトロリと出てきた液体の正体に気付いても危機感を持たなかったのが俺の敗因だろう。

「他意は無かったんだけどな。こんな少量で酔うなんて、凄く弱いんだね」
「俺も、知らなかった、よ…」

心なしふわふわした頭で人肌に落ち着きを覚えた俺が、二十歳になっても酒は飲まないと誓ったのは全てが手遅れになってからだった。


end

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