犬神様のいうとおり!

「あー寒っ!」

白い吐息を両の手にかけながら、誰にともない愚痴も一緒に吐き出す。

とは言え暖かい空間に居たいならば厚着して態々外に出るなんて真似をせず、大人しく家に引きこもり一人楽しくテレビでも観ていれば良かったのだ。

今は初詣、と言うにはまだ早い2017年大晦日の夜。
厄落としに近所のそこそこでかい神社へ行った帰路の俺が除夜の鐘を聴くのは帰宅した家でだろう。

まだ混む前の神社であまり並ばずにお参りを済ませ、脇の店で悠々と御守りを選んで来た俺。
後数十分もすれば年が明けるこの時間にもなれば、人波は明らかに俺とは逆行していた。

家族連れ、友人同士、恋人。
独り身…の姿はまず見ないな。やっぱり早めに行って正解だった。

あんなリア充の中に居たら最後、俺は神社に辿り着く前にHPが尽きてしまう。
この寒空に生き倒れは哀しすぎる。

「来年こそは宜しくお願いします!」

もう独り身嫌だ!
来年こそは恋人欲しい!
出来れば美人だと嬉しいです!

人波を抜け、家までの近道に使っている細い路地に入った辺りで、ポケットに突っ込んでいた御守り様に強く、それはもう強く懇願した。

彼女どころか女っ気の無い一年を過ごしました。
そろそろ彼女いない歴の更新を止めたいです。聞かれる度に年齢を答えるのはツラい!

例えばこの路地抜けたら美女とエンカウントとかして、実はアパートのお隣に引っ越して来たばかりとかで、何だかんだ交流があって、そこから二人の恋が始まったりとかしないかな。

「主よ、一番安い御守りに願うにはちと荷が重いと思わぬか」
「黙らっしゃい!極貧アルバイター舐めんなよ!」

心の声に見ず知らずの奴が突っ込んできたことに不気味がるより早く突っ込みを入れた俺。

これは反応ではない。反射だ。

「ん?…キミ、誰?」

しかし振り向いた先には誰も居らず、気配のままに視線を下げたら着物を着たちっこい子供がこちらを見上げていた。

この時期に着物は分かるが犬っぽい耳と尻尾の趣味は分からない。
いくら小さい子でもそのコスプレ染みたやつはどうかと思うよ親御さん。

「我は犬神なり」
「犬上さん…ちの子?」

そんな苗字この辺にいたかな?
あ、俺御近所付き合い無いから分からねーや。

はぐれたなら大通りにくらいは連れて行った方が良いのかな。流石に人妻に手を出す気はないけど、俺の善行を見た女の子が「あの人好い人」とか思って声かけてくれたり…

「たわけ。我はその御守りの守護神だっ」

俺の妄想を遮ってビシッと手の中の御守りを指差すイヌカミ君。

「えー」

信じない俺。
だって、ねぇ。

いくら俺が妄想逞しい奴でも、現実との区別はまだつきますさ。
て言うか神様出演のファンタジーな妄想ならば、俺の希望のもとイヌカミ君はもっとナイスバディな美人系イヌカミちゃんで降臨なさって居る筈だもの。

「妄想ではないわ莫迦者。現実を見ぬか」

小さい子にジト目で見られる俺。
この視線の痛さは現実だわ。

了解。

「で、カミサマは何処から来たの?てかなんで俺について来たの。カミサマなら神社の方向わかるでしょ」

親御さんはあっちよ。と迷子扱いをやめないで神社の方向を指し示したのが不満だったのか、俺の渾身の気配り「膝を曲げて目線を合わせる」が不愉快だったのか。

「物分かりの悪いやつよ。…まぁいい。どうせ主の守護神と成ったのだ。時間をかけてきっちりと矯正してやろう」
「は?」

子供に似合わない悪どい笑みを浮かべたイヌカミ君がなんかもう神様みたいに神々しい光を放ったせいで俺が目を閉じた刹那、イヌカミ君は消えて代わりに長身のイケメンにぃちゃんが腕を組んで俺を見下していた。

イヌカミ君と同じ着物に同じ犬コスプレ。
彼のお兄さんですか。本人ですか。すみません。

「犬耳イタイ」
「あ゙?仕方無いな。人の世では目立ってしまうしな」

どれ、消してやろう。と軽く言って軽く消えた耳と尻尾。
今度こそ種も仕掛けも無いの見ちゃったよ神様。どうしよう居たよ神様。

「これで人に溶け込めるな」
「いや浮くよイケメン。」

後光の正体見たり。
オーラぱねぇよ。きらっきらだよ。

女の子の視線総なめだよ。

「喜べ。主の願いが叶うぞ?」
「寄って来る女の子はお前狙いだな」

最早嫌がらせじゃねぇの。

「女人?知るか。我が主の恋人となってやるのだ。これ以上の美人は居らぬだろう?」
「自分で美人とか言っちゃうの?否定できないけど」

てか恋人?

「女の子になってから言ってよ。大人になれるならなれるっしょ」
「はっ。我は雄也。」

なぜ威張る。

神様の癖に万能じゃないのか。
安い御守りを選んだせいか、そうか残念だ。

お引き取り、

「願いに相違はあるまい。諦めて恋仲と認めるが良い」

クーリングオフは認めぬぞ。と悪どい笑みを浮かべて肩を組んでくる犬神様。
子供の時と違って似合ってますね。俺様ですか。そうですか。

遠くで鳴る除夜の鐘の最後の音を聞きながら、あ、逃げられないわ。と悟った俺だった。

「"明けましておめでとう"。ほら、言うことがあるだろう?」
「こ…今年もよろしくお願いします…」

形はどうあれ、御守りの効力はマジもんらしいよ。


end

[ 62/129 ]

[*prev] [next#]
戻る


top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -