今日の後には大吉
「それはそっち」
「これはあっち」
「それは…」
「いい加減にしろ!」
後方から次々飛んでくる指示に俺は手を止めて叫んだ。
「指図ばっかしてないでお前も手伝ったらどうだ!?」
勢いよく振り返り、手に持っていたオーナメントを奴の方へ投げつける。
「酷いな、恋人に向かってそんな仕打ち」
奴は避けることもなく、俺に可哀想なものを見るような目を向けてきやがった。
その後方では"奴をすり抜けた"オーナメントがフローリングに転がり、乾いた音を虚しく響かせる。
「大体、この体でどう手伝えと言うんだ。口しか出せるものがないだろう?」
むくれる俺に半透明の恋人が自嘲気味に笑った。
………
奴、俺の恋人は長期の出張で遠方に出ていた。
繁忙期だと言うのに何とか12月中に一度は帰って来れるように手筈を整えてくれて、それは月始めだったけど俺達は早すぎるクリスマスパーティをする約束をしていたのだった。
にも拘らず。
帰りの道、家に着く最後の信号を渡る時、奴は飲酒運転にはねられた。
あと少しで奴が帰ってくると楽しみにしながら支度し、一向に帰って来ないと拗ねた俺にその報せが来たのは日付が変わった頃だった。
慌てて病院に行ったのは言わずもがな。
外傷は酷くないが頭を打ったせいでいつ目覚めるかも分からないと言う医者。
いつもの不遜な態度が嘘のようにただそっと目を閉じて眠っている恋人。
不幸中の幸いと言えば死んではいない事。
でも予断を許さない状況だと言われた。
呆然としたまま面会時間が切れ、家に帰ったら緊張が切れ、数時間前の浮かれた気分から一気に叩き落とされた事実に荒れた俺。
家がぐちゃぐちゃなまま何日間か泣き濡れて、病院から「奴が目覚めた」何て連絡も来ないまま疲れた俺の方が屍みたいになって更に数日。
気が付いたら、時計の針が二本とも天辺を指してクリスマスイブも終わりだと告げていた。
そしたら。
帰ってきた。
奴が。
「何だこれ、人が住んでるとは思えねーな」
荒れ果てた部屋を笑う奴の声が俺の背に届いた。
それがあまりにもいつも通りで、だから振り返り半透明の奴を視界に捉えた俺の第一声は、
「ノックくらいしろ」
だった。
………
「サンタからのプレゼントじゃね?」
当人も何で家に帰って来れたかなんて解らないらしく、疑問にはそんな返答しか返って来なかった。
ただ「最期に別れを告げに来たのか」と聞いた俺は、奴に「まだ死なねーよ」と怒られた。
「と言うか俺がお前を残して死ぬと思うか?」
今正に病院で生死をさ迷っている体を置いてきているくせに「体に帰ったら直ぐに目を覚ましてやるよ」なんて自信満々に奴が言うから、俺も今は素直に二人でクリスマスが過ごせる事実を喜ぶことにした。
「ほらさっさと手を動かせ。クリスマスが終わっちまうぞ。そしたら俺も帰んなきゃなんねー」
「根拠が分かんないよ。てか誰のせいで準備を一からやってると思ってんだ」
「あ?そんなの俺が死ぬとか失礼なこと考えてメソメソしたお前のせいだろ」
「まず事故るなよな!」
悠然とソファに凭れる奴と言葉の応酬を交わしながらも作業を再開した俺。
何だかんだでこうして話して居られるだけでも安心に繋がっていた。
黙っていると奴が消えてしまいそうで、否、もしかしたらこれすら気の振れた俺の妄想かもしれないが。
俺を保つのに今は"奴がいる"と言う実感が有るのは重要だった。
「てかさ、お化けってほら、ポルターガイスト?あれ出来ないの?」
「…」
「え?なんで無言?え?なんで目を逸らすの」
クリスマスツリーに白い綿を巻きながら奴を見れば、珍しく何も言い返さずに顔を背ける奴の姿。
「俺に出来ないことが有ると思うか?」
「じゃあ手伝えよ!」
暫しの沈黙の後、脚を組み替え腕を組んだ奴は一言当然とばかりに宣った。
奴の事だ。気付いていなかった、何て口が裂けても言わないのだろう。
お陰で俺は折角さっき投げたオーナメントを拾ってきたばかりなのに、綿を巻き終え仕上げにと手にした天辺用の星の飾りを奴に投げつけていた。
「短気な奴だな」
やっぱり奴をすり抜ける星を見送り、また拾いに行くのかと脱力感に襲われる俺。
数日間ろくに寝ていない頭では同じ失敗を繰り返すらしい。
仕事が増えているのが自業自得の自覚はあるが、さんざん奴の帰りを待った挙げ句、そのまま半日もクリスマスパーティの準備に終われていた俺が奴に当たるのは決して短気じゃない筈だ。
「全く。星が欠けたらどうする」
見栄えが悪いだろう、と言いながらテレビの中の魔法使いのように奴が指をツウと動かすと、それに反応してふわりと浮いてツリーに引っ張られるようにその定位置につく星。
ポルターガイストってマジでお化けの仕業なんだな。
「俺のお陰で完成したな」
ニヤ、と笑う奴に見惚れた俺は言い返えすのも忘れて頷いてしまった。
………
飲み食いが出来ない奴と食事会、と言うのも詰まらないので気分だけでもと出したワインとつまみを肴に借りてきた映画を見て残りのクリスマスを過ごした。
隣に座っているのに感じない温もり。でも重ねられた手の感触は分かって、観ている映画よりも不可思議な体験。
「ほら」
自分が食べないせいかつまみを手に取った様なそぶりで浮かせては俺の口に運んでくる奴が居たお陰で、俺のワインのペースは早くなったと思う。
映画と一緒にクリスマスが終わる頃には俺は寝不足も相俟ってうとうとしていて、だから2時間見続けた映画のオチは残念ながら覚えていない。
酔いが抜けない頭で俺が目を覚ました時にはクリスマス明けだろうと平常運転の太陽がすでに昇っていて、急ピッチで仕上げたツリーやメニュー画面の映画、片方だけ空のワイングラスがそのままになっていた。
「…ゆめ?」
昨日のままだけど奴の姿だけ何処にもない。奴の形跡がない。
そんな部屋の中。
否。
不安にかられた俺はそれを追い出すように頭を振る。そしたら二日酔いにズキズキと頭を攻撃されて呻くはめになった。
そんな涙目の俺を俺が投げて拾わなかった星の飾りがツリーの天辺で笑っていた。
奴に肩を借りること無くソファの肘掛けを枕に眠ってしまった俺にも覚えていることがある。
──こりゃ、年末年始も仕事にゃ戻れねーな。
そう呟いて苦笑した奴が、
──折角だ、年明けは飯食って二人で祝おーぜ。
そう俺の耳に囁いたのを。
「毛布かけるくらいなら布団に連れていけバカ」
体を包んでいた毛布を畳みながらいない奴に文句を垂れる。
また当日にバタバタ準備するのはごめんだからな。
病院からの吉報が届くまで、お節の準備でもして待っててやるか。
end
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