〇〇観察日記はじめました。
待ちに待った夏休み。
しかし。
高校生にもなって何が嬉しくて"自由研究"何かやらにゃならんのだ。
各学科から出されている課題は一々多いのだ。なのにこんな子供の宿題みたいなもんまで増やさないでくれ。
と、そもそも何をやるか選ぶのが苦手で嫌いだった自由研究からやっと高校生になり解放されたと喜んでいた俺は文句を言いたいが。
莫迦みたいな量の課題が他所で出される事を予知していた科学教師からの計らいなので皆喜んでいる。ふざけたものでも簡単なものでも何かしら提出すれば良いとの事なのだ。
早い話、体裁を整えた息抜き。
何をやるかは置いといて、課題に呻く俺もこの好意を有り難く享受するべきだろう。
「…」
で。
何をやるか。それが問題だ。
寧ろテーマを決めさえすればこの課題は終わったも同然。
風の噂によれば、本格的な可動式ロボットを拵えている者もいれば、科学なにそれな読書感想文を仕上げた者もいるらしい。
因みに俺の友人は何年かぶりに朝顔の観察日記を執筆中だ。
さて。じゃあ俺は何をするか。
と、考えて息抜きに散歩をしていた所で面白い"拾い者"をした。
これは観察し甲斐がある、と思った段階で閃いた。観察するならば課題に充てれば良いじゃないか。
結果、俺の自由研究は"吸血鬼の観察日記"になった。
……
………
「おぉ…」
道端で瀕死の蝙蝠を保護したつもりが、あくる日には人間になっていた不思議体験を経て、我が家に住み着いたとある吸血鬼。
彼は数百年単位の昼寝から目覚めたばかりだそうで、すっかり変わった世界に興味津々なんだそうだ。
だから街を飛んで観ていたら烏に襲われたんだとか。
で、今、俺が感嘆の溜め息を吐き出している理由。
それは目の前でさらさらと済まされていく課題の山にある。
勿論、と威張るのは何だが、課題をやっているのは俺ではない。件の吸血鬼だ。
教科書やコピー紙を見て、まず紙の生成の技術力の高さに驚かれた。次いで内容。何世紀も遅れた知識で止まっている彼は完全にジェネレーションギャップに陥っているのだからそれも仕方の無いことだろう。
現代の目新しさにわくわくの吸血鬼。
いそいそと課題に手を付けるこの吸血鬼にかかれば、学生の天敵も知識欲を満たす良い玩具だったらしい。
ここ数日、気が向くと課題に手を付け時間も忘れて取り組むのが彼のパターンになっている。
新聞の様な扱いで社会科の歴史に目を通し、英語は吸血鬼なだけあって元から英語圏出身なのかただの書き取りと化していた。数学は知らない公式等ものともせず、教科書で一通り原理を確認したら使いこなしている。羨ましい。
一番難しいのは国語か。現代文にせよ、古文にせよ、登場人物の心情を考えるのは苦手の様だ。
苦手分野が俺と同じなので手助けはできないが。
精々俺は嬉々として机に向かう吸血鬼の観察をしていよう。
長時間の観察に耐えうるイケメン。課題が終わったらちょっと爆ぜて欲しい。
「んーっ!」
腕を上に上げ伸びをする吸血鬼を見ながら、吸血鬼でも肩は凝るのか。とか考える俺。
「なぁ、こーゆーのはもう無いのか?」
夏休みの終わり頃に焦って済ます筈だった課題があっさりと消化され、俺なら灰になっているのにこの吸血鬼は追加を所望している。考えるだけで恐ろしい。
「もう無いよ」
「じゃあこれは?」
「ポテチならある。けどそろそろ飯にしよう」
夕方に差し掛かり、晩飯を考え出しても良い時間。
勉強の合間のつまみ用に出されていた現代のスナック菓子の虜になった吸血鬼に健康的な食事の提案を持ち掛ける。
「おぉ、飯か!」
一人暮らしだった俺の自炊の腕は人外の舌にも通用したらしく、創作料理と言う名の冷蔵庫次第な料理も気に入って貰えた。
舌、肥えていそうなのに。
「あ、そういやお前って血は飲まないの?」
蝙蝠が人間になったという事実だけで俺は「自分は吸血鬼だ」と言う彼の主張を鵜呑みにしていたが、ふと今更な疑問が湧いてきた。
「え、飲んで良いのか?」
「…」
聞いた瞬間、課題に取り組んでいた時かそれ以上の目の輝きを見せる吸血鬼。
俺の知らないところでふらっと血でも吸いに出ているのかと思ったが、そうでもない様だ。
我慢してくれてる…てか、何で俺を見てんの。吸血鬼が血を吸う相手って美女と相場が決まってないか?決まってないか。
普通に飯食ってるけどやっぱ血も飲むんだな。
「お前から良い匂いがしてんだ」
「それはさっき使ったミートソースの匂いでは」
「違う」
否定が早い。
「お前の嫌がっていた課題をやってやったんだ、ご褒美が有っても良いんじゃないか?」
なんと。
嫌がっていた事までバレているではないか。
まぁ、血を吸われて死ぬとかじゃないなら、吸血鬼らしいその行為に興味がなくもない。
普通に痛いんだろうけど。蚊みたいに痒い成分とか分泌されるんだろうか?
課題をやってもらって助かったのは事実だから、ご褒美を考えてやらなくもないか。とか考える俺。
怖いもの見たさとは恐ろしいものである。
「噛まれると俺はどうなるんだ?干からびて死ぬとか後免だぞ?」
「ん?」
俺の安全確認にきょとんとする吸血鬼。
この様子からして最悪の事態にはならなそうだ。
「あー大丈夫大丈夫。ちょっと歳を取らなくなるだけだから」
「どの辺が大丈夫!?」
こいつ自体、日の光もにんにく料理も大丈夫なだけあって俺が噛まれても駄目になる
わけじゃないらしい。
でもそれヤバくね?
成長期にそれは明らかに怪しいだろう…てか、もうちょっと身長伸びると思うんだよね。最近またちょっと伸びたし。伸びると思いたいんだよね!
「駄目か?」
俺の反応を見て血を吸えないと察したらしい吸血鬼がしゅんと項垂れる。
「…っ」
それは大型犬みたいで可愛かった。
イケメンは何をやっても様になってズルいと思う。
これは決して欲目では無い筈だ。
「駄目、だよな…」
「げ。」
俺の狼狽えを見逃さないあざとい吸血鬼は"ぽふん"と煙を吐き出して次の瞬間には蝙蝠に変化していた。
「キュイ」
…俺は可愛いものが好きだ。もふもふしたものが好きだ。普段は隠しているけど。
つまりこのフルーツ蝙蝠系のまぁまぁでかくて首回りにふわふわした毛が付いているぬいぐるみみたいな姿はイケメンより心惹かれて当然じゃないか…!
伊達に無暗矢鱈に蝙蝠を拾ってくる物好きではない!
と言うことで。
「…血な、血。…三年くらい待ってくれたら吸わしてやるよ」
「なんと!その程度で良いならいくらでも待ってやる!」
蝙蝠の愛らしさに折れてそんな提案を掲げてしまう俺は悪くない。二十歳くらいまで行けばまぁ外見変わらない云々なんてそんな支障もなくなるだろ。
問題は同窓会に出られないくらいじゃないか?違うか。
それにしても流石は昼寝が百年の吸血鬼。年単位のお預けにも拘らず思った以上に軽くOKしてくれた。
「三年はお前と過ごすことを保証されたんだな。うんうん。ま、血を吸ったら吸ったでその後さよならなんて話にもならないだろうが」
「ん?」
予定外の呟きに声を洩らす俺。
こいつ、三年間ずっと家に住み着く気満々か。
「しかしどうするかな。未々知らぬことも多い、外の世で見聞も広めたいが…」
「行ってこい」
世界を回って三年後にでも帰ってくれば良いんじゃないか?
「よし、俺も学舎へ行こう!勿論お前と同じ学舎だ」
「は?」
こいつの世界は狭い様だ。と言うかこの場合、興味の天秤が俺に偏っているのか。
嬉しくなくはない。
「夏休みとやらが明けたら俺も学舎へ行くぞ!」
「頭に付けるチェーンを探すね」
「マスコットではないわ!」
ぱたぱたと羽ばたく蝙蝠をぬいぐるみ化しようとしたら怒られた。
折角俺が恥を忍んで鞄にでかいぬいぐるみを着けてやろうと思ったのに。
「ククク、俺の魔眼に任せておけ」
「まがん?」
外見と口調にギャップに感じつつ、知らない単語に首を捻れば「人を操る眼だ」と物騒な説明を頂いた。
…風の噂によれば、九月には俺のクラスに異国風の偉そうなイケメンが転校してくるらしい。
で、そいつは何故か俺にご執心らしい。
…。
余談だが、俺の当初の自由研究は没になった。
当たり前だ。コレを誰が"観察日記"ととるか。出来損ないの三文小説としか思われない。こんなん提出したら黒歴史になってしまうに違いない。
と、言うことで俺の自由研究は毎日の歩数の記録になった。偶々家に有った歩数計を面白半分で着けていて、折角だからその日の歩数を記録していたのだ。
一時から、正確には吸血鬼と出会ってから顕著に生活リズムが変わったのも諸バレなそれは何故か件の科学教師には大変気に入られた。
独創的って良い言葉。
「なーなーそのノート何だ?」
「秘密」
でも実は観察日記はまだ手元に有ったりする。
本当に提出をやめた理由は単純な独占欲。彼のこの可愛さを独り占めしたいだけだ。
「見せろ」
「いつか、ね」
いつかこのノートが朽ち果てる程の未来でも、彼が望んでくれるなら俺はずっと隣に居よう。
end
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