笹に揺らめく

「…」
「タン、どうしたよ?機嫌悪いな」

満点の星空の下、ムスっとして砂利にしゃがみ乳白色の川を眺める小柄な少年──タンの背後にやって来た青年は、首をかしげながら彼に不機嫌の理由を問うた。

彼の名はバン。
タンとは対称的に長身で、緑の髪が特徴の青年だ。

二人は人の願い事をしたためる"短冊"と願い事を届ける"笹"の役割を担っている。
元より個々では仕事を果たせない二人は、良き相棒同士であり、世話焼きのバンと生意気なタンは相性が良かったらしく、仕事以外でも何かとつるんでいた。

「願い下らな過ぎ。どれもこれも俺等に叶えさせるとか莫迦みたい」
「おいおい…」

年に一度、人の願いを叶えるのが二人の仕事にも拘らず、その願いを莫迦と一蹴するタンにバンは苦笑する。

「何が"テストで満点取りたい"ーだ。勉強しろよ。"給料アップ"?日数増やせ。かと思えば"世界平和"?ふざけるならもっと簡単なのにしろ!荷が重すぎるわ!」

自分に託された願い事を思い出してまた怒りがぶり返して来たらしいタンがアレもコレもと愚痴り出す。

その切れることの無い愚痴は数多ある願い事を片っ端から取り上げているのではないかと思える程に枚挙にいとまがない。

「まぁまぁ。下らないって事はそれだけ深刻な神頼みをしなくて良い平和な世界だって事だ」

他人にはどうでもよく写っても本人にとっては真剣な願い事だろうしね。と終わりの見えないタンを諭すバン。

「…だってズリィじゃんよ。人の願いならこんなん叶えられるのに」
「…タン?」

怒りで、否、悔しさから握った拳を震わせるタンに気が付いたバンはその顔を覗き見る。

耳まで赤くしたタンの瞳には薄ら涙が浮かんでいた。

「"好きなヤツと付き合いたい"ってさ、書く前に告れよ」
「その子はきっとフラれるのが怖いんだよ」
「分かってるよ!」

自分の言葉を自分で否定する矛盾。
その葛藤は書いた本人の様に迫真で。

「気休めだろうと後押しが欲しいんだよっ!そうさ、どうせ願ったから相手から告られるなんて都合の良い夢なんか見てないし!」

でも、脈が無いと思っていても「もしかしたら効果が有るかも」くらいの期待は出来る。
その期待は誰がしているものなのか。

「…タンはさ、叶えたい願いがあるの?」

傍らで静かに聞いていたバンが問う。何と無く気付いたから。
タンは彼等の願い事に不満が有るわけではない、彼等が願えるのが羨ましいのだと。

「それ、どんな願い事?」

無言を肯定と取ったバンは質問を代える。

「何でお前にそんなこと言わなきゃならないんだし」

そっぽを向いたタンが突っぱねる。

「良いじゃないか。俺がタンの願いを届けるよ」
「気休めかよ」
「後押しだよ」

「だって俺の仕事は願いを届けることだろ?」と微笑むバンをちらと不満げに見やるタン。

「何の願い?勉強?仕事?」
「んな事誰が言うかよ」
「恋愛?」
「っ」
「あ、分かりやすい」

尚も引かずに話しかければ、タンからは返答はなくとも明らかな反応で答えが帰ってくる。

「え?誰々?俺の知ってるヤツ?どんな子?」
「だぁぁぁっ!誰が言うかよっ!」

これ以上は情報を漏らさないと両耳を塞いで目を硬く瞑りいよいよバンをシャットダウンに入るタン。

でも残念ながらその努力が思うように行く相手ではない。

「?わ、わっ!」

誰か──バンに掴まれたと思った矢先の浮遊感。

「短冊は笹の高い所にある方が願いが叶うんだって」

そう言ってニコニコ笑うバンを頭上から睨むタン。
そう、彼はバンに肩車されていた。

「子供扱いするなし!」
「してないよ?」

顔を真っ赤にして喚くタンに対してバンは驚く程にきょとんとしている。

バンに悪気はない。ちょっと空気が読めないだけなのだ。
それは長年付き合いのあるタンにも分かってはいる。分かってはいるのだが、反発せずにはいられない。

「つーか下ろせ!お前には教えねぇ!」
「大丈夫!耳塞いでおくから」
「この状態で手を離す気か!?」

良案とばかりにタンの脚を抑える手を離そうとするバンに青くなってしがみつくタン。
上で散々騒いでも落ちないのはその手が命綱になっているからと言っても過言ではない。…から、下ろしてくれる気が無い限り離されては困る。でもそれでは"誰が好きなのか"を聞かれないようには出来ない。

「っ、さ、笹の天辺に願いを掲げんだ。…叶うよな?」

確認するタン。

「他でもない短冊の願いだ、叶うよ」

バンの表情はタンからは見えない。

「っじゃあ!聞いてろ!いいか、お前は確り聞いてろよ!」
「うん」

緑の髪から覗くほんのり赤い耳に届くように。

「俺が好きなのは…!」


end

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