鬼さんこちら

「「「鬼はー外!福はー内!」」」
「イタタタタタッ!」

ここは平凡ないち保育園。
住宅に囲まれ、家族向けマンションの一階に構えられたここは、毎年満員御礼の賑やかな場所である。

で、本日は二月の三日。つまりは節分の日である。
となれば保育園がそのイベントをやらない訳がない。

「分かった!分かったもう出て行く!いいか、ちゃんと歳の数豆食わなかったら舞い戻ってやるからなっ!」
「いいから出ていけオニ!」
「ヒィィィ…っ」

加減を知らない子供達から豆の集中砲火を
喰らっている鬼こと俺。
鬼の面を着けなくても子供が泣き出すと名高い長身・強面の保育士さんである。

園児達のお母さん方が出会った当初は「何故ここの園長は彼を雇ったのだ」とヤの付く自由業さんが如く避けて通り、親しくなると「もっと男らしく胸を張れ」と言いながらお菓子を恵んでくれるようになる。それが俺である。

子供達に初見で泣かれるのは最早我が保育園の恒例行事と言っても過言ではなく、しかし日々接している内に彼等は逞しく慣れていく。
決して嘗められているわけではない…筈だ。

そんな俺は毎年迫力がある、と言う理由から節分には決まって鬼役をしている。
因みにクリスマスは朗らかな笑みを絶やさない小肥りの園長がサンタをやっている。
…この保育園、物凄いイメージ重視で配役を選ぶので一度決まったらまず役が代わることはない。

閑話休題。

幾ら小さな子でも、お面を本物の鬼とはまず思わない。つまり、鬼がイコール俺な事をまず判っている。
すると元より俺を怖がっている子は鬼の装いも相俟ってマジで俺を追い払いにかかり、じゃあ怖がらない子はと言えば、俺が中身小動物と知っているからこそ面白がる。

結果、俺泣く。

鬼として追い払われた後の事は他の保育士さんに任せ、俺は子供達の気を反らして貰っている内に死角から休憩室に入り着替えて休憩タイムに入る。

「フー。しんど…」

子供は好きだ。ダメ元で夢だった保育園さんになったくらいなのだから。

でも、だからこそ、やっぱり怖がられると寂しくなってしまうわけで。
ついでにそこまで広くない室内を子供達に気を配りながら逃げるのも結構大変な作業だったりするから、この役が終ると普段の数倍疲れる事は請け合いだ。

「センセーはもうお豆食べましたか?」
「え?」

一人ブレークタイム。と洒落込んでいたらまさかの俺じゃない誰かの声が耳に届いた。

「あ、桃君」

そちらに視線をやれば案の定、声の主、初見で怯えず俺に自ら歩み寄ってくれた天使がいた。
もう、彼が話し掛けてくれただけで疲れが吹っ飛んだ。

「センセーも歳の数ちゃんとお豆食べてください。じゃないと鬼さんが帰って来ちゃいますよ」
「〜〜〜っ!」

小さい手で大豆を持って来てくれた桃君にノックアウトされる俺。
もうホント。理由まで可愛いじゃないか。

「センセー?」
「…あぁ、うん、有難う。ちゃんと食べるよ」

園児との触れ合いに対する喜びにトリップしかけたのをヘラッと笑って誤魔化しながら豆を受け取るために手を差し出す。

「ズルしないようにボクが食べさせてあげます。あーんしてください」
「え」

俺の出した手をさらりとスルーして椅子に座る俺によじ登ってくる桃君。

「早くお口開けてください。他のセンセーが来ちゃいますよ」

まるで教え子と見られたらマズイ現場に発展している教師の様な如何わしい気分に駈られた俺はきっと心が穢れてる。
相手は天使。そんな不穏なものではなく、単に自分が途中で連れ戻されると俺が豆の鯖を読むかも知れないと不安になっているに違いないのに。

「あ、あーん」
「はい♪」

大人しく俺が口を開けば桃君は途端に破顔して一つ、豆を摘まんで口に運んでくれる。

「え、一個ずつ?」
「数を間違えないようにです、決してセンセーの可愛い顔を一秒でも長く眺めたいからではありません」
「かわ…?」

何か変な事を聞いたような?と思ったが、
ちゃんと噛まないとダメですよ!と桃君に先生の様に注意されてしまったので、俺は疑問の代わりにもぐもぐと豆一個には充分過ぎる咀嚼をすることになったのだった。



「はい♪これが最後ですね」
「モグ…ん、有難う、桃君」
「食べながらしゃべっちゃダメです。…しっかり噛まないとこうしてる時間が短くなっちゃうじゃないですか」
「?ゴメン」

先生の言い付けを守るいい子だなぁ、と思い更に癒され、後半の台詞の意味は咄嗟に理解出来なかったが、どうやら桃君が俺と一緒に居る時間を嫌がっていない様だというのは分かるからとても嬉しい。

「桃くーん?」
「あ、向こうで先生が呼んでるよ」
「…チッ。」

丁度俺が豆を食べ終わった頃、皆が集まる方から桃君を捜す先生の声が聞こえた。
その直後に舌打ちみたいな音が聞こえたが、俺と桃君しか居ないのだから音源が無筈だ。空耳だろうか。

「…邪魔が入ったな…。センセー、よく食べました。イイコイイコです」
「あははー、有難う。桃君もイイコイイコ」

一瞬向こうを向く桃君から黒いオーラが立ち込めた気がしたが、振り返った時には満面の笑みで俺の頭を撫でてくれた。から、俺からも頭を撫で返す。

そして桃君はギリギリまでこっちに手を振ってくれながら皆の元に帰って行った。

…そう言えば歳の数、言ってないのにピッタリだったような?他の先生にでも態々聞いてくれたのだろうか。



と。そんな天使との触れ合いが在った事を今も昨日の様に思い出せます、はい。
そんな事を思い出したのは今日が節分の日だからだろう。

「…」

あれから約十年。
俺は相変わらず怖がられ嘗められながら名物保育士さんをやっている。

で、この保育園に学生さんの訪問が在ったとかで、それがここの卒園生だとかで、その彼は俺が休憩していた部屋に通されたらしい。

「…」
「…」

暫し無言。
…誰。

長身で切れ長の瞳にさらさらの黒髪。極めつけに有名難関高校の制服。

アレだ。イケメンてヤツだ。
つり目なのに、身長高いのに、俺とはジャンルが違う。
アレだ。強面とワイルドはイメージが異なるんだ。
その証拠に俺を怖がる園児も新任の保育士さんもうっとりと彼を見ていたもの。

「久しぶり。相変わらず可愛い顔してんな」
「え?え?」

やっと沈黙が破られ、彼が口を開いたかと思えば、結局誰だかも、そもそも今言った言葉の意味も分からなかった。

「あー。その感じ。俺が誰だか分かってないみたいだなぁ?」
「あ、はい。」

やっぱりかー、みたいなテンションで頭を掻く彼につい敬語で返す俺。
年代からして既に俺がいた頃の子に違いないので誰だか分からない事に罪悪感を覚えてしまうのは仕方の無いことだろう。

「昔は桃君、桃君てあんなになついてたのに。所詮は数多いる園児の一人か。嘆かわしい限りだなぁ」
「え゙」

落胆する彼の口振りから俺は彼の正体に辿り着いた。が、あの天使が。え。

「まぁいいや。センセー、初めて見た時から泣かせたいと思ってました。付き合ってもらいます」

彼は俺が桃君自体を覚えていないと結論付けたらしく、俺の困惑を余所にさっさと気持ちを切り替えたらしい。
センセーの性格上、拒否は出来ないですよね?と笑った彼には確かに桃君の面影が在った気がする。

取り敢えずハイかイエスしか返事を受け付けていない彼に涙目で頷いた俺は本日、予期せぬ彼氏が出来ました。


end

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