チョコレート中毒

「ちょっ、待て待て待て待て…!」

オレは今窮地に立たされている。
目の前のご主人のせいだ。

「愛情表現のひとつなんだから大丈夫!」
「無理!」



…オレは物心も付く前にご主人に拾われた捨て犬だった。
正真正銘の犬だ。

それからの人生ほぼすべてをご主人と共に過ごして来たが、どうもこのご主人が普通じゃない。

そう気付いたのは比較的最近だ。


ご主人の正体は、所謂魔法使いと云うものだった。

そのご主人が何をトチ狂ったかペットに対して親愛を通り越してLOVEしちゃったらどうなるか。

取り敢えずスキンシップは多くなる。

それから人間相手にするそれと同じアプローチを始める。
そのひとつがバレンタインだ。

オレの為のチョコレートを用意する様になる。

ここで問題が発生する。

犬にチョコレートは毒にもなるのだ。
それをご主人もオレも知らなかった。

オレが体調を崩し原因を調べて初めて発覚したことだ。

で。

ここでただの人間ならばチョコレートをあげない、或いは犬でも食べられる物がないか探す方向に向かうだろう。

しかし相手は魔法使い。

どうしたらオレがチョコを食べても平気になるかから入り、人間にすればいいじゃない。に行き着く。

そして実行する。

いつだったかのある日、目を覚ましたらオレは人間になっていた。

これはもうオレを恋人にしたいご主人からしたら願ったり叶ったりの方法だったわけだ。

そしてオレが人間になって初めてのバレンタイン。
それが今日であり、冒頭の窮地になったわけだ。

人間にだってトラウマと云うものは在るだろう。

犬の時に味わったチョコレートを食べた時の吐き気や諸々の体調不良がオレに取ってのトラウマとなっていて食べるのが怖いのだ。

しかしご主人がオレを人間にまでした当初の目的はチョコを食べて貰うこと。

犬の時に嬉々としてバクバク食べていたから味が嫌いな訳じゃないことも分かっていて引かないのだろう。

「大丈夫だよ身体の造りまで完全に人間!心置無く食べてくれ!」
「うぅぅ…」

手作りまでしてこの日を心待にしていたご主人の姿を知っているだけに、無下には出来ない。

「…なんでそこまでチョコに拘るよ」

ご主人がラッピングをほどき箱からひとつトリュフらしきチョコを摘まんで目の前に突き付けて来る。
甘い良い匂いがして涎が垂れそうだけど後一歩のところで踏ん切りが付かなくて視線をさ迷わせる。

「えー。だってバレンタインだよ!?好きな人にチョコを食べさせる行事だよ!?」
「……」

何か間違っている気がしないでもない説明を受けてちょっと溶けかけている目の前のチョコを見る。

それからチョコと同化しつつある指ごとチョコを口に含んだ。

一年振りのチョコは相変わらず甘くて美味しい。

「どう?」
「これ好き」

喋りづらいからご主人の指は口から出して言う。

それから───

ちゅ、

「うーん、チョコ味…っじゃなくて、何してんの!?」

一瞬だけとは言え不意にキスなんてしたものだから珍しくご主人が狼狽えてる。
しかもオレから何かするとか初めてじゃないだろうか。

「愛情表現だから良いでしょ?」

残りのチョコの箱を勝手に受け取り今度は自分で摘まんで食べ始める。

「好きな人にチョコを食べさせる日、なんだよね?」

たくさん貰ったお返しにはまだまだ足りないけど。

取り敢えずご主人が嬉しそうだから良しとしよう。



end

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