夏の跡先

高校が夏休みに入って、俺は家族に連れられひいじいちゃん家に遊びに来ていた。
最近じゃこの辺でも圏外にはならないみたいだけど、まぁ昔からの習慣もあり買い換えたばかりのスマホは電源が切られている。

ゲームも漫画も、洒落たもんはない空間だけどのんびりするには落ち着く場所だ。

こっちに来て数日、ひいじいちゃん孝行もまぁ落ち着いて俺はやることもないから外に出た。
蝉の声を五月蝿いくらいに感じながら田舎らしい長閑な畑を歩く。

そしたら俺と同年代くらいの奴に出会った。

毎年ここへは来るけどそいつに出会ったのは初めて。
里帰りなのか元よりここら辺に住んでるのか。
辺りをきょろきょろとまるで物珍しいかの様に見渡している辺り、引っ越してきたばかりとかなのかもしれない。

俺からの第一印象としては、服の着こなし甲斐が有りそうな男前な顔の割りに流行りの格好もしていなくて寧ろ質素って感じが何だか"田舎らしい"だった。

逆に俺の"都会らしい"格好は彼の興味を惹いたらしい。



俺を視界に入れた彼は第一村人発見、とでも言うように近付いて来て、多々不躾に俺を吟味した後話が通じる相手だと確認してから口を開いた。

何故かかなり警戒されていたが少し話せば直ぐに打ち解けられた。

「すまないな、随分と長身で金髪だったから米国人だとおもったんだ」
「ああ、これね」

友達と面白がって染めた髪をつまむ。

彼の警戒した理由…と言うか慎重になっていた理由は恐らく俺が外人だった場合の言葉の壁だったのだろうと納得する。

金髪までは流石にあまり見ないが髪を染めるなんてクラスの大半がしてる、と言うのはややオーバーかもだが俺なんか本場の金髪の人には見えないと思ったからちょっと盲点だった。

田舎じゃ確かに珍しいのかな。
確かにこの辺なら日本らしさを求めて観光に来る外人の方が金髪を見かける可能性は有るかもしれない。

「因みに、今日は何月何日だ?」
「え?えっと…」

突然問われて口ごもる。
如何せん学校の無い日々は日付の認識が大概疎かになってしまっている。

「ちょっと待って、」

ポケットを漁り、一応持って来たスマホを起動させる。

「……なんだそれは」

最初に会った時のような怪訝そうな表情で彼は聞いて来た。

「え?スマホ」
「すまほ?」
「うん、えっと…ケータイの進化版?」
「けぃたい?」
「………」

なんとかスマホがどんな物か俺が説明できる程度に解説する。

まさかケータイから疑問符を浮かべられるとは思わなかった。
流行りには遅れがちなこの辺でもスマホは、寧ろ通信機器の充実が不可欠な辺鄙な所だからこそ普及が速かった…と思う。

現にじいちゃん達は当然が如く使いこなし、ひいじいちゃんですら俺より前にスマホを駆使していた。

彼がここに来る前、或いは今住んでいる場所は大分浮世離れしているのだろう。

「えっと…あ、8月14日だ」

彼も物珍しげにカレンダーの画面を覗き込んでいるから分かっただろうが一応声に出す。

「……」
「あ、そうだ明日は終戦記念日か」
「終戦記念日…?」
「うん。第二次世界大戦が終わった日。ウチじゃひいじいちゃんの意向で毎年黙祷だけはちゃんとするんだよね」

面倒臭い、とは言わないが暑い中じっとしているのは結構キツいものだ。
正直俺のひいじいちゃんは健在だしひいばあちゃんだって数年前に病気で亡くなった。
だから戦争と言われてもピンと来るもんじゃない。

と言っても言い方は悪いがまだギリギリ"ソレ"の生き証人も生きているんだよな。ひいじいちゃん達みたいに。
彼の家の事情は分からないからあまり不謹慎なことは言わない方が良いだろうけど。



俺がスマホを弄る間、隣の彼は何かを考えながらじっと俺を見ていた。



「お前は、今を良い世だと思うか?」

彼が不意に口を開く。

「良い世…?」
「今のこの国が好きかと聞いている」
「うーん」

真面目な顔で聞かれて、考えてみてもよくわからない。

「まぁ嫌いじゃないのは確かだよ。あんま壮大な事は分かんないけど、これでも一応毎日が楽しいし」

平和が一番。なんて呟きながら見たスマホには都会居残り組からの連絡が何通も入ってる。
俺が見ないのを見越して近況報告という名の履歴でいっぱいにしようっていうイタズラ。
後で貯まる前に返してしまおう。

頬を弛めながら答えれば彼はそうか。と応えた。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るとしよう」
「え?もう?」
「やることが決まったんだ」

踵を返す彼を引き留める。

「また会える、よな?」

この時胸騒ぎがしたんだ。何故か分からないけど。彼の浮世離れした感じが陽炎の見せた幻に見えたのかもしれない。

彼は微笑んだだけで答えてはくれなかった。









夕方ひいじいちゃんの家に帰るとひいじいちゃんは俺を手招きした。
杖は使っているが、歳から考えたら充分元気だ。

「ちょっと昔話をしようと思ってな」

気紛れにひいじいちゃんがそう言って、特に俺の回答は聞かずに話を始めた。

「わしは特攻隊になる筈だったんだ、母さんにも別れの手紙を書いていた」

母さん、と言うのは俺のひいばあちゃんのことだ。

「お前にも話したかの?母さんとは所謂幼馴染みというやつだ、それからもう一人、幼馴染みがいたんだ」

ひいじいちゃんが話す。

「彼奴はの、見た目に似合わず病弱で戦闘機の操縦は不可能と判断され特攻隊を免れた。わしは彼奴を羨んだ。だがある日病床で目覚めた彼奴は変な事を言い出した」

ひいじいちゃんが引き出しから古い写真を取り出す。

「母さんを挟んでこっちがわし、幼馴染みと言うのはこいつだ」

指差すその人は俺と若いひいじいちゃんより瓜二つな彼の顔をしていた。

「未来を見て来たと言うんだ。夢の中の話だろうがな。それから彼奴はわしに生きろと言った。俺の代わりに生きろ、と」

ひいじいちゃんが話す。

「どうせ俺は永くないからと彼奴は言った。それでもわしは拒んだのだがな、特攻のその前日不思議な事が起きたんだ」

懐かしそうに話すひいじいちゃんの言葉を俺はただ黙って聞く。

「彼奴が徐に起きたと思ったらな、代わりにわしが立つことも儘ならなくなった。症状は彼奴の物に似ていた」

俺はただ聞いている。その人に───彼に起こったことを。

「彼奴はめでたくわしの代わりに行ったよ。その後敗戦してから見計らったようにわしの病状も快復していった」

ひいじいちゃんは思い出したように付け足した。

「彼奴は不思議なことを言っていたな、運命を変えられるわけではないだろうが、しかしそれでもすまほのある平和な世界が来るなら構わない……はて、すまほ?何と言っていたかな」

忘れてしまったようだとひいじいちゃんは苦笑した。

「彼奴はちょっと変わった奴だったが良い奴だったのは確かだ」
「……なんでそんな話を俺に?」
「何故だろうな。お前には覚えていて欲しかったのかの」

ひいじいちゃんは笑っていた。









黙祷が終わって数日後、容態が急変したひいじいちゃんは旅立った。

ひいばあちゃんや幼馴染みがいる所に。

きっとひいじいちゃんは自分の先行きが見えていたから俺にあの昔話をしたのだろう。

ひいじいちゃんの幼馴染みと言う人の事はあの日聞かされた話の中でしか知らない。
だから俺にとってはただ漠然と黙祷を捧げていた中の一人でしかない。

俺には戦争と言われてもピンと来ないし、黙祷だって明確な何かはない。

日常では思い出しすらしない、幻のような出来事の追憶。
でも毎年この時期だけは。忘れない。
実際に何があったのかも俺にとっては定かではない出来事を。

確かに彼が居たってことを。


end

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