つゆのせい

雨が降っている。

気温が高くなって来たからって半袖にしたのは失敗だったと後悔するには遅い学校帰りのバス停。

一応ベンチは有るけど雨露を凌げる屋根はないから濡れていて座れない。

大層荷物はないけれど、怠いからちょっと座りたかった。

フラフラ。

フラフラ。

雨の一定のリズムを折り畳み傘に受け、暑いのか寒いのか分からなくなりながらバスを待つ。

フラフラ。

フラフラ。

ただでさえ雨で白かった世界が、今度は霞んで来た。

ヤバい、と感じた。
多分これは所謂風邪だ。
もしかしたら熱もあるのかもしれない。

ベンチに座りたい所だけれど、そうしたら最後今度はバスで座ることが憚られる。

ならば僕は目の前のベンチではなく、これから来るバスの座席を取る。

それにしても、

フラフラ。

フラフラ。

トン。

「?」

電信柱も何も無い場所なのに、僕は直ぐ横にある何かに当たった。

固定された何かではないが、柔らかいとも言い難い。

せめて寄り掛かれる何かが欲しいと思っていた僕は、それに凭れたままそれの正体を見上げた。

「大丈夫?」

僕が正体を確認すると同時に降りかかる"声"はそれ───否、その人のものだった。

「すみませ、」

見たことが無い…と断言するには僕の友好関係は広くないので、制服から判断するに同じ学校の生徒のようだ。
学年は分からないが、彼も帰宅の手段がバスだから僕の隣に並んだのだろう。

「楽ならそのままでいいよ」

見るからに病人だと判断出来たのだろう。
僕はその言葉に甘えさせて貰うことにした。

ひょい、と傾き掛けていた傘を取られて気が付けば相合い傘状態で差して貰ってもいたが、腕を挙げるのも億劫だった僕としては有難い。

後でこの状況を思い出して申し訳なさと、恥ずかしさで悶えるかもしれないが今はそんな先のことは後回しだ。

「ありがと」
「どういたしまして」

お礼を言ってそれからバスを待つ。

バスが遅く感じるのは雨で遅れているからか、僕の体感が狂っているのか。
取り敢えず焦る気は無いので大人しく来るのを待とうと思う。

…そう言えば。

することもなく、少し落ち着いた僕は考える。

彼は傘を持っていたのだろうか。

僕がフラついて彼にぶつかった時、互いの傘が当たった様子は無かった。
それに今二人が入っているのは僕の折り畳み傘なのに、彼が自分の傘をしまう様子に気が付かなかった。

単に避けてくれただけかもしれないし、傘をしまう動作ひとつにも僕に配慮してくれたのかもしれないが。

序でに、傘を持っていないなんてことは無いのだろう。
だって僕が触れている肩口は濡れていない。

ふと隣に視線をやる。
狭い傘の中、彼は僕が濡れないよう傘をこっちに傾けていた。
それでは殆ど彼が入っていないのでは、と思ったが不思議と彼が雨に打たれている様子は無かった。

本当は濡れているのかも知れないが、如何せん今の僕の目は信用ならない。

悩んでも無駄なので思考を中断させる。

何かにつけて人間離れした印象を受けるのは黒と安易に纏めるには勿体無い深い紫の髪に、瞳は赤みのある紫…そう、僕らの後ろで雨水を受けている紫陽花と同じ色合いだからかも知れない。

名前を聞く余裕の無い僕はその色を目に焼き付ける。

雨の日に出会った、紫陽花の彼。

「雨の日はここでいつでも会えるよ」

そう言った彼に理由を聞こうと思ったけれど、熱に浮かされた僕には叶わなかった。


end


バス通学の平凡と普段自転車通学の不良の話。

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