発情兎と殻籠りのヒヨコ

「こんちわー。隣に引っ越してきた者なんすけど」
「……………」
「…………」

引っ越し初日、取り敢えず社交辞令程度には隣人へ挨拶に来てみた。

しかし応答は無くて最初は留守かなって思った。
でも物音するし、無視か。と気付いた。

まぁマンション付き合いってのも実際は興味ないから居留守使うのならそれで良いか。

そんな感じで再び挨拶に行くことも無かった。





そんな隣人の事を気にするでもなく支障もなく、新しい寝床は一ヶ月もすれば完全に馴染んでいた。

引っ越したばかりなんだ、は女の子を誘う時の掴みに最適。
馴染みの子なら新居にもおいでって言えるし、新しい子ならこれからよろしくできる。

どちらにせよ君が初めて招く子だ。は嘘だと分かっていても悪い気はしないんじゃないかな。

現に今日まで色んな意味で食うに困っていない。




そろそろ夕方とも言えない時間、夕飯がてら今日の相手でも捜しに行こうと家を出る。

玄関を閉め廊下を歩き出してすぐ、ガンガンと扉を叩く音がした。

「…?」

音の発信源はすぐ横で、要はお隣さんの扉からだった。

「…?」

客人が来たでも無い無人の玄関。

じゃあ何故叩く音がと思ったら、またガンガンと扉が叩かれた。

「毎晩毎晩女連れ込んでんじゃねぇよ」

次いで聞こえた初めましての声の主は恐らくお隣さんのものなのだろう。

どうやら扉を内側から叩いて苦情を言うために俺を呼んでいたらしい。

「え?なに、羨ましいの?」
「女の喘ぎ声が煩くて寝れねぇんだよ!この発情兎!」
「あら」

ここの壁薄いんだな、と納得する。

角部屋だし反対は人がいないから苦情が有るとしたらこの人くらいか。面倒臭いな…と思った。

だって男一人の睡眠不足の為に俺の女遊びを止めたくないし。

そう思ったらふと、反撃すれば黙るんじゃね?なんて考えに至った。

だってなに?引きこもりって夜行性じゃなかったの?
女の耐性無いから声聞くだけで気が散っちゃうとか?

「そんな文句言いたいなら殻に閉じ籠らず出て来て言えばー?」

お隣さんが覗いているであろう穴に向かってがっつりキメ顔で言ってやった。

俺の知る限りお隣さんはずっと籠っている。
ヒキニート?オタク?そんなのに嫉妬されてもねぇ。

どうせ内弁慶だろうし強気で言っとけば向こうが折れるだろうとたかを括っていたら、

「イテっ」

勢いよく開かれた扉で近付けていた顔を強打した。

「莫迦か」

顔を押さえて後退った俺に降ってきたのは相変わらず不機嫌さの滲み出た、クリアな声だった。

顔を上げるとお隣さんが仁王立ちしている。

「…」

俺の思う引きこもりじゃなかった。

服は寝間着にしているであろう予想通りのスエットだったけど、猫背ではないし俺より長身。

顔も…声だけイケメンじゃなかった。
何処のモデルだよ。
無造作に束ねられた黒髪や無精髭が汚いどころか何か似合ってる。

ついこのご機嫌ななめなイケメンさんに見惚れてしまった…てか惚れた。

「いつまで惚けてんだ莫迦」
「あ、うん…」

未だイライラしているお隣さんに言われて我に返る。

「ごめん、もう女の子呼ばないからさ、家に来ない?」
「は?」

いきなり態度の変わった俺をどう思ったのかお隣さんは少し怒気が下がった。

「家に呼ぶの、君が初めてだから」
「なんだそれ。いつもお前が女タラシ込む時の決まり文句だろ」
「男誘うのは初めてだよ」
「………」

酒と食材は有った筈だから何かしら振る舞えるだろう。

すぐ隣の自分の部屋に困惑しきりのお隣さんを引き摺って行く。

「いっぱい食べて行ってよ」

誘うと言っても一応"家に"の話なんだが、お隣さんの反応を見るに違うとられ方した気がする。

それはそれで拒否されていないし問題ないかな。


end

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