鯉のぼりとシャボン玉
僕のクラスに、今年もあいつがやって来た。
そいつの親はサーカス団の一員だそうで、全国を巡業して回っているんだとか。
それで毎年5月になると公演の為にこの街にやって来る。
転校常習生のそいつは小中学生の頃から期間限定クラスメイトをしていた友達が多かったこのクラスにかなり早く溶け込んだ。
それこそ入退院が多いコミュ障の僕よりよっぽどクラスメイトらしい。
「よ。久し振り」
「…………うん」
彼は、仲の良い皆との再会を一通り楽しんだ後 律儀に僕にまで挨拶をしてくれた。
サーカスのチケット付きで。
クラス中に配り歩いているのか。
マメだな。
僕が思ったのはそんな感想くらい。
「俺が出る訳じゃないけど、良ければ来てくれよな!」
「……………うん」
半ば押し付けられるままに受け取るチケット。
頷いたけど嘘はついてない。
良くないから、行かない。
行けない。
僕は明日からまたどうせ入院だから。
それから数週間。
例年を考えるに、そろそろあいつがこの街を去る頃か。
貰ったチケットは捨てそびれてまだ手元にある。
公演期間に目をやり、明日までか。とぼんやり考えるが、自分のじゃない真っ白なベッドに今現在座っている僕には関係ない話だ。
強いて気になるとすればまぁ…クラスメイト達は見に行ったのだろうか。とか。
次の日。
退院が許されて、午後から登校。
久し振りの学校に特に思うことも懐かしむ友達もいないが、なんとなく放課後に居残っていた。
鍵の壊れた屋上に行ってみたのもまぁなんとなく。
生徒でここが空いていると知っている人は多分いない。
だから先生の目も届いていない。
そんな僕だけの穴場だったりする。
「もう終わる頃かな」
屋上のフェンス越しにあいつん家………というかサーカスをやっている建物を見付けた。
今あそこにあいつが居るんだろうか。
関係ないけど。
「見たことないな」
実際のサーカスって。
人とは思えない能力を持ったやつがいっぱいいるんだよな。
鮮やかな衣装で宙を自在に舞って、小さい頃テレビで見た時には家にいる水槽の中の金魚を思い出した。
綺麗だと思った。
体育もままならない僕とは大違い。
「じゃあ来年は見においでよ」
「─────っ、」
不意に声を掛けられびっくりした。
振り返った先にいたのは鯉のぼり。
あ。いや違う。あいつだ。
何故か扉横に設置された梯子に掴まり、地面と体を水平に浮かせてしていた。
さながら鯉のぼり。時期は過ぎたけど。
サーカスの技…とかか?
本当に鯉のぼりみたいなやつ。
この時期だけ目にとまる。
少し目を離すと気付けば何処かに消えて、また一年後に現れる。
「……なにしてるの」
「いや、びっくりするかと思って。」
「…………………はぁ」
地に足をつけながらそいつは言う。
驚かすにしても猫だましするが如く簡単にやってみました感出された。
「スゴいね」
嫌みな位に。
「びっくりは?」
「したよ。」
「そのわりには表情変わらないね」
「はぁ、」
正直、声を掛けられた時の方が心臓に悪かったな。とか言ってみた。
「そっか」
少し残念そうにあいつは口を尖らせていた。
「何でここに?」
「ここの鍵壊れてんだろ?アレ親父がやったんだって」
「…へぇ」
こんなに話したのは初めてだ。
こいつとも。クラスメートの中でも。
「サーカスは?最終日だろ」
「俺出てないし。今日が最後だから。」
この学校での生活。と隣から苦笑いの声。
「ここがいつも一番離れたくないんだ」
横顔が少し悲しげに見えたのは間違いじゃいだろう。
「お前がいるのはこの学校だからなぁ」
「はぁ?」
思っているのと違う答えだったが。
「そこはクラスメートじゃないのか?それか彼女とか、」
「どっちも間違っちゃいない言い回しだけど、多分噛み合っていない。うん。」
「??」
聞き間違えかと思いつつ狼狽える僕とは対照的に 腕を組んで一人納得される。
「因みに大学は何処?」
「え?××だけど…」
「よし。じゃあ俺もそこにしよう。」
「はぁ!?」
取り残されて話が進む。
「俺、サーカス団に入るつもりないし。それよりお前ともっと話したいから」
「…」
「一応高校卒業したら自立して一人暮らしで親に手は打ってあんだよ。だからさ、卒業したら一緒に住まねぇ?」
「どっからそうなった!?」
ロクに話したこともない相手と大学同じにするから住みましょう。はい、分かりました…とはならないだろう。
「まず僕、大学行けるか分かんないし」
学力じゃなくて生命的に。
「行けるよ!」
「何の自信だよ…」
「一緒にいたい気力!」
「…」
変なやつに捕まったと思う。
後悔は…後でしとく。
「二人が同じ大学行けたらな…」
「おう」
あまり未来に期待してないから安易な約束を取り付けてもいいや。
そんな軽い感じで。
今、隣に人がいるのが心地好かったんだと思う。
「あー、もう壊れて消えてもいいや」
「何が!?」
「はは」遠くに小さくしまい忘れた鯉のぼりと誰かが吹いたシャボン玉が見えて、
多分シャボン玉は鯉のぼりに逢いたくて屋根まで飛んだのかな、とか。
それで力尽きたから壊れて消えちゃったのかな、とか。
なんとなく、そんなことを考えてみた。
「大丈夫。そう簡単にはシャボン玉にはならないよ」
「??」
こっちを向いている彼は気付いていない。
多分見てもあのサイズじゃ見付からない。
でも僕は見付けた。彼が僕を見付けたように。
「取り敢えずまた来年」
「おう。また会いに来る」
鯉のぼりがのぼる頃に。
end
[ 19/129 ][*prev] [next#]
戻る⇒top