適温

「うぉぉぉぉぉぉっ!」
「なんかいつもアイツ熱いよな」

 放課後の帰り道。
 運動部が練習している脇を通った折、呆れているような感心しているような笑みを浮かべた友人がそんなことを言った。

 奇声を上げて走っているのは同じクラスの運動バカ。
 校庭でいつも走り回っているんだから、陸上部かなんかなのだろう。
 話したことはない。

 否、業務事項というかなんというか。
 プリントを渡すとか、ノートを回収するとかくらいでは二、三話したことがある。
 その程度で「熱血だな」と思えたのだから、アイツは根っからの熱血漢なのだろう。

「お前と足して割ったら丁度良さそうだよな」
「そうか?」

 ちら、とこちらを見てきた友人がしみじみと口を開く。
 対して俺は首をひねって返した。

「クールっつーかなんつーか。まぁ女子にモテるよな」
「なんだ僻みか」

 じと、とした目で見られても困る。

「恋人とか作らんの?」
「いや無理っしょ。家には呼べないし」

 話の腰を折って、いつもん所でアイス買っていこう。と言ったら、寒くね?と返された。
 えー。お前だって冬でもアイス食ってんじゃん。家でだけど。

「それ!大親友の俺ですらお前ん家行ったことないんだよなー。何。ヤーさん一家かなんかなの?」
「いや、そうじゃないけど…」

 俺は困ったように視線を逸らす。

 うちは山の上にひっそり佇んでいるが、ヤーさん一家でも成金ハウスでもなく、至って普通の一般家庭だ。
 それは本当だ。
 道程はちょっと面倒かもしれないが、人を招待できなくもない。

 ただ「人間から見たら」普通と言えるのか。という問題がある。

 妖怪の棲み家なんて、腰を抜かすに違いない。

 突然だが、うちは雪女の家系だ。
 雪女と言っても俺も含め、男だって普通にいる。
 だから父さんや爺さんも住んでいる。

 みんな人間に友好的だから、友達を呼んだら喜んでくれるだろうし、コイツのことは信頼しているから正体を明かすのも吝かではない。

 それはいい。
 問題はうちの中が氷漬けだって事。

 物理的に人間が滞在するのに向いてない。

 これが俺等の仕業なら「いったん解凍しよっか」とか言えるのだが、氷漬けハウスは土地の仕業なのだ。
 俺等妖怪が本来棲む異界。
 そこへの出入り口が俺の住んでいる家の所にあり、俺等はそこから漏れ出す妖気の管理をしている。

 妖気は異常気象を生む。
 今はめっちゃ寒くなる現象が発生中なので、その耐性がある雪女の家系が管理しているのだ。

 ちなみに前は溶岩が溢れ出し、その前は雨が降り続いたそう。
 現象が変わる度に、適当な種族が管理を割り当てられるってわけだ。

「なんだよ黙りかー?ますますアヤシー」
「そんなこと無いし」

 しかしこんな事、簡単に言えないよな。とか思って口を閉ざしている内にクールなんて勘違いが広まったんだろうな…。
 ま、女子ウケがいいのは全然良いんだけど。

「じゃ、また明日ー」
「お前が腹を壊さんかったらなー」

 結局ホットレモンを買って暖を取っている友人の横でアイスを齧っている俺は、友人から腹の心配をされた。

…………
……………………

「あれ?」

 人も妖怪も関係無く「山登り面倒くせー」とか毎日の悪態を通学路に吐いていると、目の前に人影が見えた。

 この道はバスも通っていなければ、先にあるのはうちだけ。
 家族でもない奴は不審者に他ならない。
 後は肝試し感覚の阿呆。

「あ!」

 怪訝そうに様子をうかがう俺に、相手も気付いて声を上げる。
 その声は実に弾んでいた。

 この道で人影を見付けて咄嗟にそんな声を出せるのは迷子くらいしか知らない。

 そんな迷子(仮)は以外にも俺の知っている奴だった。
 と言っても、プリントを渡すとか、ノートを回収するとかくらいの接点しかない奴だけど。

「俺さ、ここに行きたいんだけど!お前、行き方わかる?」

 部活に出ていた筈なのに、ちんたら歩いていた俺より先にいるのは走って来ていただろうか。
 軽く息が上がっているし、なんか近づく程あっつい。
 新陳代謝良過ぎる。

「?」

 そんな熱血迷子男に見せられたのはヘッタな図。
 手描きで半円形の中をくねった線が縦に伸びている。

 今二人がいる場所を鑑みた上で、山と道。と考えるべきだろう。
 山頂にバツ印がついてるって事はここに行きたいのか。

 …てここ、

「うちじゃん」

 他に何も無さすぎて間違えようがない。

「お、じゃあ行き方わかるんだな?」

 当たり前みたいに安堵するクラスメイト。
 困惑する俺。

「え、なんの用?」

 当然ながら俺の方は警戒する。
 友人すら呼んだことないのに、何故ただのクラスメイトに訪問されないといけないんだ。

 俺だって低体温だが健康優良児だぞ。
 休んだ分のプリントとか無いんだけど。

「ここって異界の扉あんだろ?」
「…おう」

 平然と疑問符を返して来た熱血漢には、当たり前みたいに素っ頓狂な単語を出すな。と指摘したい。

 まぁ「異界の扉」は俺等が管理を始める前から存在はしたし、そのせいで山頂に行くと神隠しとか異常気象のを起こすものとして、都市伝説的に地域でそれなりに知られてはいる単語なんだけど。
 こんなスポーツマン然とした奴は興味のない部類だと勝手に思い込んでいた。

「度胸試し?」

 自分でも思いの外冷めた声色が出てしまった、と言ってから後悔する。
 この辺の温度も下げちゃったかも。

 まぁこいつが熱いし丁度いいか。

「ん?ハハ、違う違う!」

 熱血漢は自分の熱で守られているのか俺の冷気を物ともせず笑顔で首を振った。

「俺さー、去年こっちに来たのは良いんだけどそん時帰りそびれてさ。だから異界の扉があるって噂を聞いて探しててんだ!」

 これでもかというほど真っ直ぐな瞳で不可解なことを言われた。

 つまりは、えーと?

「異界に、帰りたい?」
「そ!」

 そう言って当たり前みたいに自分の頭に二つの炎を灯らせた。
 炎の…ツノ?鬼かなんかか?

 てか、え?
 人前でそんな簡単にそんなことしちゃう?

「あれ?異界の扉ん所に帰るんだよな?てことはお前モンスターなんだよな?え?違った?」

 俺の反応に初めて不安を覚える熱血漢。
 不安になれば気温も下がるのかと思いきや。
 コントロールが不安定になって背後から噴き出した炎で物理的に、明快に気温が上がった。

 てかそれ山火事になる!

「いやいやいや大丈夫、俺も妖怪だから!俺を溶かし殺したくなければその火ぃしまって、切実に」
「え!あ、ごめん!」

 命の危険を前に隠す必要もないから正体を白状する俺。

 異界とここの行き来の管理もうちの仕事の内だしな。
 それにしても迷子の話なんて聞いた覚えないけどな…帰って母さん達にでも聞いてみるか。

「んじゃ、案内するけど…今までどうしてたの?他に家族とかもこっちに来てるとか…」
「たまにそーゆー話も聞くな、でも今回は俺だけだぞ!」
「あそ」

 そんな話をしながら着く帰路は、今までで一番早く時が過ぎた。

「じゃー近々開門許可取るから、二、三日後かな。それまで待ってて」
「へー!まさかと思ってはいたが、許可さえ取れればいつでも開けられるのか!」
「?そーゆーもんじゃない?」
「いやぁ、俺は年一に勝手に開くものだと。だから月末まで待つんだと思ってた。管理ってそんな事もできんだな!」
「勝手にって…」

 今日は遅いから泊まってけば?と笑う母さんの言葉に甘えた話したことないクラスメイトとか、気まずく無い?とか言うのは杞憂で、人外のよしみなのか案外話が弾んだ。
 後、人間社会で生き慣れてる俺としてはちょっと寒い自室が適温だった。

「お前って何?鬼とか?」
「いやー、ドラゴンかなあ」
「ドラゴン?龍?え、てことは結構スゴイやつ?」
「そんなことなくない?図体デカい分人間に化けても体力有り余っててさ、めっちゃ走って発散してる」
「あー」
「つか雪女ってなに。お前男じゃん」
「もう種族って認識で納得して」

 そんな話に花を咲かせて、気兼ねない分普段からつるむ量も増えて。
 たまに噛み合わない会話も、地元遠そうだし異界でも知らない土地多いなーなんて勝手に納得していたから気付けなかった。

「あれ?」

 人外同士でも住む世界が違うことがあるってこと。

「あ、そこ異界違いだわ」
「へ?」

 こいつの見た目と名前で西洋モンスターだなんて誰が思う?
 社会に馴染む為に律儀に日本仕様で化けてんじゃねぇ。
 どおりでちょくちょく横文字使ってくると思った。

「じゃあ帰れるタイミングって…」
「ハロウィンの日だけ」
「それって」
「昨日」
「…」

 図ったように手遅れになってから驚愕の事実を知る事になるっていうね。

「昨日ハロウィンパーティしたよな?俺等」
「お前といんの楽しくて帰ること忘れてたわ」
「…………そうかよ」

 太陽みたいな笑顔は眩しくて、こいつには悪いがもう一年一緒にいられることを内心喜んてしまった。

「最近お前乗っけて夜な夜な空中散歩してんじゃん?ドラゴン姿で動き回ってるから調子いい」
「夜風気持ち良いしウィンウィンだよな。うちの辺りの時空変になってるから麓からは異変あっても見えないんし。…てかそれはわかったけどたまには帰れ」
「えー。夜遅いし。一緒にいた方が楽しくない?」
「あそ」

 確かになんか最近落ち着いてんな、とか。お前、単に走り回ってるだけで部活入ってなかったのかよ、とか。帰り道を同じくした所でその程度しか考えていなかった。

「今度俺の方の異界来いよな!最短でも一年旅行決定だけど俺が案内してやる!」
「完全に知らない土地だな…まぁ、地元に詳しい友達と行くなら全然ありだな」
「そーそ。その間ずっと俺だけ頼ってくれればいいよ」

 脳筋だとばっかり思っていたドラゴンは、どうやら俺が思ってるより策士らしい。


end

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