とある生徒会の十周年
「今日がなんの日か覚えているか?」
とある高校のとある生徒会室。
その一番奥に座る会長が、各々の席につき仕事をしていたりなかったりしている役員達に視線を巡らせた。
「今日はー」
「9月18日ー」
双子の庶務が二人で一冊の雑誌を広げながら日付を口にする。
「日曜日だからって容赦なくお仕事は舞い込んでくるねぇ」
よよよ、と泣いたフリをしながら書類の山をぽんぽん叩くのは会計。
しかし自席で行っているのは書類の記入ではなくスマホ弄りだ。
「今日…は、特別。来たの、仕事…違、う」
たどたどしく言葉を紡ぎながら自分の分の書類を机の角に押しやるのは書記。
視線は明らかに書類とは反対に向いていた。
「そうです。仕事は 明 日 か ら で良いのです」
凄みの効いた笑顔で彼等をぐるりと見て会長に向き直った副会長。
唯一彼の机には書類の山が無い。
他の四人と違い、彼だけは昨日の内に仕事を済ませている。
「まったく情けない。こんな記念すべき日に書類に囲まれて祝わないとならないだなんて」
とわざとらしくため息を付きながら、せっせと各机をまわって今日の衣装を置いていく副会長。
「随分大きなクラッカーだな」
「帽子ですよバ会長」
「…わかっている。ちょっと言ってみただけだ」
先端にフサフサのついた水玉やストライプのトンガリ帽子。
そんなお祝い会以外の使い道のなさそうな帽子が各自に配られ、誰もなんの反論もなくそれをかぶった。
同じパーティでも、ドレスコードガチガチの親睦会での彼等のイメージしかない一般生徒が今の生徒会室に入ってしまったら最後、きっと卒倒するだろう。
特に俺様と名高い会長や高値の花と認知されている副会長は衝撃過ぎて、目が覚めた時には記憶が消えているかもしれない。
しかし当の彼等は、庶民趣味かつノリが良かった。
「じゃ、取り敢えず乾杯はしとくか」
「そうですね」
各々好きなジュースを入れたシャンパングラスを持ち、オードブルから駄菓子まで思い思いに持ち寄った料理の並んだ中央のテーブルを囲んで会長がぐるりと見渡す。
「それじゃー」
「僕達の留年十周年を祝って!」
「待て待て待て待て」
双子が高らかに「カンパーイ!」と言うのを阻止した会長が神妙な顔で眉間を抑えた。
「それ、良くない。」
語彙力を失った会長。
それを見て満足気な双子。
両脇では副会長と会計もうんうんと頷いている。
「メタ的に言うなら僕等の初登場は10月だから後一ヶ月は猶予があるよぉ」
「それ以前に一年生からこのメンバーと言い張ればもう少し大台に乗らずにイケますよ」
「いつまで擦んだよそのネタ!」
グラスの脚を折らんばかりに拳を握った会長の言葉は生徒会室内に空しく響いた。
「古参ネタと言えば、じゃあこっちはどうです?」
と、これまた満足気な副会長が会長を指差す。
「「「?」」」
「カイチョ、縮ん…だ?」
ナチュラルに後ろから抱き着いた書紀が困惑気味で問いかける。
確かにその体勢はいつも以上に屈んでいて抱き着きづらそうだ。
「魔術部部長に協力を仰ぎました。」
「あいつもまだいたのか」
懐かしくも如何わしいその肩書に、会長の身に何が起きたのかをいち早く勘付いたのは、当時魔術部部長に『ソレ』を作ってもらった双子だった。
「えぇーじゃー会長ー」
「相変わらずツルペタってるねー」
「…」
楽しそうに噂話が如くヒソヒソする双子。
当然会話の内容は全員に漏れ聞こえている。
とあるハロウィンの時の事だ。
双子は魔術部部長と呼ばれる人物にハロウィンのモンスターに変怪できる薬を提供してもらっていた。
双子は小悪魔に。
書記は透明人間に。
会計は吸血鬼に。
副会長は狼男に。
そして会長は魔女っ子に変怪したのだ。
つまりは女体化である。
「以前はランダム仕様だったそうですが、なんと年月を経て特定の姿に変怪できる薬ができたのです!」
「能力の無駄使い甚だしいな」
いつの間に薬を飲ませたかも含め、素直に感心できない会長だった。
傍らで新しいオモチャに目を光らせている双子も安心ならない。
「とんがり帽子はとんがり帽子でも魔女っ子らしさはないねぇ」
「ハロウィンしたかったわけではないので敢えて用意はしませんでした」
「いいからさっさと戻せ。それかお前等も薬飲め。」
「どう、やって…戻す?時間?」
そんな話をしていると、途端に今日イチの笑みを浮かべる副会長。
「部長の手違い…もとい、計らいで呪いの解除はお姫様仕様となっています」
「つまり?」
「キスしろって事です。誰か一人、会長と」
会長に視線が集まる。
じり、と一歩下がる会長だが居るのは一番奥。逃げ場はない。
「じゃんけんでいーい?」
「安易!」
腕をひねり目を煌めかせる会計に突っ込む会長。
「だってまだ乾杯してないからサクッと戻したい」
「元のカイチョ…と、お祝い、した、い…」
「本当はメインイベントにするつもりだったのですが、誰かさん達がボケてくれたので変化の想定時間が来てしまいまして…」
「エヘ☆」
「ごっめーん☆」
「…嬉しい事を言ってくれるが、できれば俺も景品以外で参加したい」
「では誰がキスできるかさっさと決めてしまいましょう」
「…」
…………
……………………
「…お前等覚えてろよ…」
勝者も敗者も一絡げに恨み節を垂れ流す会長はすっかり元の身長に戻っていた。
「やっぱ…り、このサイズ、安心…す」
「はいはーい、気持ちはわかるけど一旦はなれましょーねー」
書記は相変わらず背後を取っていたが、会計に引き剥がされる。
「今度こそ乾杯しますからね」
簡易じゃんけん大会が過ぎ、まだお祝い会が始まってすらいない事実を突き付ける副会長。
「会長と楽しみー」
「会長で楽しむー」
「おい」
二人目の言葉にびくつく会長だが、案外嫌な顔はしていなかった。
「じゃ、改め、て、」
書記がグラスを持ち上げる。
「うんうん。皆ホントは何の日かわかってるよねぇ?」
会計がぐるりと見渡す。
「とーぜん!」
「もうボケないよー!」
双子が中身を零さんばかりの勢いでグラスを突き出す。
「それでは会長、音頭をお願いします」
副会長が視線で促す。
「ん。」
会長は先程の事を誤魔化すように咳払いし、グラスを皆と同じ高さに持ち上げた。
「サイト開設十周年を祝し」
「「「「「乾杯!」」」」」
end
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