飛んで火に入る夏の一時
「暑い」
「なら離れろ」
そんな不毛な会話をしたのは、既に頭が湧きかけていたからかもしれない。
「無茶言うな」
無茶。
そう、俺等は離れられない状態にあった。
あっつい日。
せっまい部屋で。
俺等は手錠に繋がれていた。
事件性はない。
エアコンの壊れた俺の部屋で、子供の時に買ってもらったであろう玩具の手錠をコイツが見つけ、フザケて二人の手に装着した、という話だ。
まさか鍵を無くしているとは思わなかったらしい。
俺も思わなかった。
文化祭とかハロウィンネタとかで使えないかなー。なんて軽い気持ちで実家から持ち出して来た記憶はある。
そんな場面で使わなくて良かったー。と今は胸をなで下ろしている。
夏休みの自室なら俺等が口を滑られせない限り、この騒動を知る者はいないからな。
「二人だけの秘密な」
「きしょ」
物理的に距離の縮まっている俺等の心の距離は遠い。
ま、同意見だけど。
でも二人だけの秘密、で済む内に解決したいのは事実だろう?
何時間この至近距離で扇風機に生かされてると思ってんだ。
この状態だとアイスも買いに行けなければカラオケに涼みにも行けない。
つーかトイレひとつまともに行けないんだけど?
「壊すか」
「ダメ」
何故か俺の持ち物に対する采配をコイツが却下して来る。
このやり取りも何度かやった。
「なんで」
「手ぇ痛めんだろ」
そんなひ弱じゃない。
と、言いたいが、実は結構しっかりした作りなのは本当。
流石に壊せない程じゃないけど、簡単に壊れて細かいパーツと化さない様になってるみたい。
俺とコイツの気の合わなさも相俟って、それはもう上手く引き千切れなかった。
ペンチ?そんなもんの在処なんぞ覚えてるか。
「お前も食う?」
「野郎何勝手に開けてんだよ」
せっまい部屋だから冷蔵庫もすぐ近く。
コイツの側の。
俺が背を向けている間に勝手に漁った挙げ句人のアイス食ってやがる。
ラスワンだから黙ってたのに、行動力おばけめ。
「半分よこせ」
「ん」
一応くれる予定だったのかキレイに割られてるモナカアイスの片割れ。
利き手が制限受けてて受け取りづらいなー。と思ったら口に押し込まれた。
溶けてんのは不可抗力。
中のチョコが大きい方をくれたから許す。
「この後どーするー?」
「ハサミって強いかな」
「ちょっと怖い」
ハサミのポテンシャルに欠ける事にヒヨられる。
気持ちはわかる。
「つかマジ熱中症になるって」
「取り敢えず外出る?」
「手錠外してからな」
「えー。」という謎の不貞腐れ声を聞きながら、俺の釘の刺し方は間違えて無かったようだと納得。
何故コイツはこのまま出ようと思えたのか。
野郎二人、炎天下に手錠で繋がれている姿を目撃したら二度見する自信がある。
そうなったら日差しの前に視線で死ねそう。
「お、カラオケ半額だってよ」
「え、マジ?」
「目下問題解決したら行くべ」
スマホをくりながら目ぼしい情報を口にしたら明らかに喰い付きが。
「んじゃ行くべ」
「ちょっと待てその鍵なに。」
そしてヤツの手にちゃっちい鍵が。
手錠と同じメッキ色の、手錠の鍵穴に入りそーなサイズの鍵だ。
「お前が入れそうな箱とかお見通しだから」
「うわマジ神。俺より俺のことわかってんじゃん」
「まーねー」
何時間も俺等を拘束していた手錠が魔法のようにするりと腕から落ちる。
その感動のあまり、何時間前から「お見通し」だったのかとかは考えつかなかった。
「手ぇ繋いでく?」
「意味わからん」
なんでそんな熱っ苦しい提案が思いつくかね。
「他に誰か呼ぶ?」
「今日のことバラしていいなら」
「よし二人で行こうな」
それでも肩を組んで来ようとする暑苦しい手を払って、俺等は外出の準備を始めるのだった。
end
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