海も泳がにゃ溺れまい

「海に行こう!」
「え、ヤダ」

 そんな会話をしたのは夏休みにはまだ早い7月も頭の頃だった。

「暑いじゃん」
「だから行くんじゃん」

 不毛な会話をアイスを舐めながら繰り広げる俺等。
 アイスが舐め切るより早く溶けていく程度には毎日暑い。
 だから海に行きたいと思った。

 夏休みは待てない。
 地元民御用達の海は手放しに近いとは言えないが、休日を使って日帰りで行けなくもないのだ。

 だから、俺は、海に行きたいと思った。
 
 が、こいつは日差しの暑さにヒヨっているらしい。
 なんとなくそんな気はしていたが、もーちょい考えてくれるかと思ったんだけどな。
 まさかの即答。

「んじゃプール?」
「この辺みんな屋外じゃん」
「…」

 頑なだった。

 屋根の無いプールが恨めしい。
 こんな感情初めて…!

「いいじゃん水着着て泳ぐくらい」
「風呂で泳いどけ」

 ちょっと下心が滲んだ説得にも、スマホを眺めながら返される辛辣な言葉。
 もうちょい話題をさ、ほら、盛り上げる気とか…無いですか。

「〜〜〜〜〜察せ!」
「俺に泳ぐ趣味はない。」

 俺が耐え切れず声を大にしても、相変わらず釣れない言葉。

「お前、俺の水着姿見たいだけだろ」

 ちら、とやっと視線を向けたかと思ったらあっさり図星をつかれた。

「…わかってんじゃん」

 俺は照れるでもなく、ただちょっと意地悪に挫けた涙目で返す。

「でも却下」
「鬼!」

 こいつがこーゆー奴だという事はわかっていた。
 でもやっぱ最終的にはデレを期待するじゃん!?

 そうだよ!
 学校でプールサボってんだから俺にくらいサービスシーンくれても良くない!?

 という俺の思考はダダ漏れだろう。

 他の野郎の着替えなんぞなんも楽しかないが、こいつだけは例外でしかない。
 惚れた相手に下心くらい持つだろ。

 いまだ健全なお付き合いの挙げ句、ただでさえ最近バイトで全然一緒にいれないし。

「それよりこっち行かね?気になってんだよね」

 と、俺が次の誘い文句を口にする前に、向こうからスマホ画面がやってきた。
 画面は何かの検索結果。

 一面青くて魚が泳ぐこれは、海…じゃないな。
 水族館?

「ちょっと遠いんだけどさ。まぁ土日使って行けなくはない距離」

 ツツツ、と水族館の画像をスクロールさせながらいつものトーンで話を続けられる。
 顔が近い…のも気になるけど、水族館の話も同じくらい気になるぞ。

 外観の写真は今日みたいな青空。
 そして建物の傍らにも鮮やかな青。

「これって、」
「そ。海のすぐ隣。ついでにここに来る客目当ての安いホテルもあったよ」

 夏休み前の中途半端な時期だから空室あったし。と、そこまで確認済みでの誘い。

 しかもこの水族館さ。
 気になる文言があるんだけど。

「これって、まさか、」
「え?デートの誘いだけど?」

 どもる俺とは裏腹に、しれっと告げられた。
 カッコよ。

 間違う程ではないが女くさい見た目のクセに。
 中身男前とか卑怯じゃない?

 おかしいな。
 元ノンケ…てか今もそのつもりの俺は、周りから「そんなの猫被りに決まってんじゃん」と言われるくらい女の子女の子した性格の子が好きだった筈なんだけど。

 てかその感じ、俺がやりたい。

 動画のサムネだろうか。
 水族館のイルカショーらしき画像と共に「カップル必見!」と書かれている。

「イルカとスリーショット撮れると恋愛成就だってー。お前こーゆーの好きっしょ」
「…まぁ。」

 恋愛成就は間に合っている。
 間に合っているが、占いとかおまじないは結構信じるタイプである。

 この学校の樹にもそんなジンクスがあったりして、こいつにそこで告られてまんまと惚れたりした記憶も無くはない。

 別に乙女思考ってわけじゃないんだけどな。
 たまたま俺の気になってた菓子を昼に持って来てたり、探してたアルバム貸してくれたりしていたから気が合うなぁ。て思っていた所に告られて、なんかアリかも。とか思ってしまっただけだ。

 それがこうもこっちからも惚れる事になるとは。
 相性とは恐ろしいものである。

「仮病バレるとメンドイからそっちの海で泳ぐ気はないけど。ま、夏休みでもないこの距離なら知り合いには会わんしょ」
「なるほど」

 アイスの棒をくわえ伸びながら言って来るこいつに、俺はうんうんと頷いた。

 確かに。
 チクられたら授業に出なきゃってのもだけど、絶対怒られるもんな。
 全く、そんな事には気の回る。

「じゃ、決まりな」
「いつ行く?この日は?」
「いや、そこの次の月曜、小テストあんじゃん。休んだら後日居残りって聞いてるけど?」
「休まなきゃ良くない?」

 土日に出かけると言っていたのに変な事を気にしてるな。そんなガチガチのテストじゃないしそ出席さえしてりゃ平気じゃない?
 なんて頭にハテナを浮かべていたらそれに気付いたのか、こいつは言葉を続ける。

「しょーじき、お前は腰痛で休む予定だから。その次の週のこっちの日がオススメ」

 何故か俺だけ休む予定を入れられてた。

「そこまで無理には泳がんて」
「…。だろうな」

 アイスの棒がはずれている事を確認したあと、チラ、とこっちを何とも言えない視線で見てきたこいつがため息混じりに同意する。

 俺のアイスも当たりか見たかったのか?
 残念ながら既にはずれを確認済みだ。

「お前はその鈍感力が可愛くて仕方がない」
「その発言が貶されてる事はわかるぞ」

 不機嫌そうにしたら笑われた。
 からかわれてる。よくわかる。

 たまに小さい子かペットなんかと勘違いされてんじゃないかと、困惑する事はなくもない。
 向こうから告白してきたんだから、そんなことは無いと思いたいんだけど。

 俺等、健全な男の子よ?
 こんなに不純交遊無いって寧ろおかしくない?

 ま、まぁ?俺は紳士だから、向こうが誘って来るまでは待つけどね?
 ね?

「その調子でどんどん俺に溺れてけ?」
「…既にだいぶ溺れてんだけど」

 このニヤニヤ笑いに、カッコイイかもしれん。なんて感情が湧く日が来るとは。
 世の中、どうなるかなんて分からないもんだよな。


end

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