きらきら

「おりひめちゃーん!」
「…」

 遠目に見える彼女に声をかけると、ちら、と一瞥だけして彼女は去ってしまった。

 それがやっと小学校に上がったくらいのことである。

 みんなに笑顔を向ける彼女が、手くらいは振ってくれる彼女が、たまたま機嫌が悪かったのかもしれないけれど。
 僕にだけ愛想が悪かったことに僕は嬉しくなった。

 友人にこの事を話したら「マゾなの?」と聞かれたが、嬉しくなった要因は冷たい対応ではない。
 あくまでも「僕にだけ」と言う部分である。

 ただその後も見かける度に気を引こうと、だけど気恥ずかしいから遠くから、声をかけていたんだけど。
 その少し後には彼女の姿を見ることは叶わなくなってしまった。
 引っ越してしまったから。

 結局クラスメイトですらなかった彼女は、ただ同級生ってだけの僕だけ一方的に知ってる相手、止まりだった。

 今思えば、あの頃見たおりひめちゃんの対応は、機嫌が悪かったのではなく、寂しかったのかな、とも思ったりする。

「ま、縁があればまた会えんだろ」
「そーかなぁ、そーだよねぇ…」

 雑な対応に適当な返答を返しだらける僕。
 思い出を引きずりながら遂に高校生にまでなってしまった。

 いつになったら会えるかねぇ。

 ある日おりひめちゃんがうちに転入、僕を見て「あ!貴方は!」とか…。
 ならないよな。

 そもそもここは地元の学校。
 おりひめちゃんの元クラスメイトはいくらでもいる。

「ふへへ」
「キモ」

 にやけるだけで即座に嫌悪を示された。

 酷くない?
 いや、今の笑い方はこいつじゃなくてもこの反応になるか。

 反省。

「何かお前、あの時のおりひめちゃんに似てる」
「死ね」
「それはさすがにヒドイ」

 単純に塩対応だって言いたいだけだったのだが。

 我が友の外見で彼女に似てるところといったら黒髪黒目な部分くらい。
 何なら目鼻口があるって所も上げてもいい。

 しかしそれで一々似てるっていってたら、僕は四六時中にやけたヤバイやつになれるだろう。

 おっといけない、また口元が。

 一応言っとくけど、これは思い出しにやけであって、罵られてにやけた訳じゃないから。

「お前、うちの妹に似てる」

 僕への仕返しなのか、こいつがそんなことを言ってきた。

「それ喜んでいいの?」

 僕はイケメンでも女顔でもないぞ。
 似てると言うのは僕と言うよりその妹ちゃんに悪いのではないだろうか。

 見知らぬ女の子を下手に貶すのはどうかと思うが、だからと言って無責任に褒めるのもまた何か言われそうだし。

 こいつの言葉に、僕は咄嗟に反応に困った返答しかできなかった。

「そうやって、いきなりニヤける所なんかソックリ」
「それ喜んでいいの?」

 ダメだ。
 詳細を聞いても同じ反応しかできなかった。

 長所と言うには微妙すぎる。

 と言うか妹ちゃん、僕がいうのも何だけどヤバくない?
 まぁ、兄妹だから遠慮なしにそうやって言えるんだろうけど。

 うーん、一人っ子の僕からしたら妹とか単純に羨ましい。

 きっと今現在僕をからかってニヤけているこいつの女の子バージョンって感じなんだろうな。

 てかさ、

「お前、妹いたの?」
「ん?いるよ」

 高校からの付き合い。
 しかも僕ら高一。

 そりゃ知らないことがまだまだ有ってもおかしくないか。
 なんとなく勝手に同じ一人っ子だと思い込んでただけだったようだ。

「え、会ってみた、」
「却下」

 友の返答は早かった。

「お前おりひめ一筋だろ。うちの妹に手ぇ出すな。一人寂しく妄想で生きろ」
「いやいやそんな下心で会いたいんじゃないよ!」

 何と言うことでしょう。
 高校生活初日に席が近いからって話しかけて以降、幾度となくおりひめちゃんの話ばかりしていたせいか、見境なしに手を出す非モテ野郎だと罵られてしまった。

 いや、そこまでは言われてないか。

 とにかく。
 友人の兄弟に興味を示しただけで、下心とか不純なものはないから。

「僕は可愛いものを愛でるのが好きなの」
「…それはそれでよく豪語できるな」

 呆れられたが事実だからしょうがない。

 どうせ菓子作りぬいぐるみ作りが趣味ですよーだ。
 こいつにはその趣味の産物の処理に一役買って貰っているから、そもそも隠す必要だってないし。

 まぁ下心なしに女の子を愛でたいですってのも健全男子としてはアレか?

 おりひめちゃんや妹ちゃんはうさぎとかリスを愛でるのと同じ感覚だって言ったら「枯れてる」と言われた。

 そんなことないから。

 ちょっと気の強い方がタイプなたけだから。
 趣味と性欲は別。

 まぁ、おりひめちゃんの一瞥は後者に属してた気もするけど。
 …妹が気ぃ強、女王様タイプだったら話は別かもだけど。

 あいや、僕はマゾではないけど。

 こいつの妹なら絶対美人だろ。
 それにクール系ってのまで似てたら惚れてもおかしくないって話だから。

「ふーん」

 机に肘をついてつまんなそーに僕をジロジロ見てくる我が友。

 なんでしょう。
 値踏みでしょうか。

「なに興奮してんだよ」
「いやしてないから」

 冷たい視線に僕が感じてるのは緊張の間違いだって。

「お前さ、七夕って願い叶うと思う?」
「?」
「ほら。買い食いする時そこの商店街で短冊書かされたじゃん。参加したら割引だよって」
「あー」

 そういやちょっと前からそんなイベントもやっていたな。
 買い物するたんびに割引目当てで流れ作業で書いてたから、寧ろ七夕って意識は薄かったけど。

 因みに僕が書いた願いは一貫しておりひめちゃんのことだ。

 是非あの冷めたご尊顔を今一度拝みたい。
 …今日がその七夕だってことすら忘れていたけど。

「叶う!」
「…そか」

 折角力強く断言したのに相変わらずローテンションなやっちゃな。

「ま、いいや。妹に会わしてやろっか」
「え、マジ?」

 しかしなんか知らんが話は急展開した。

「ほら、俺こっちに来て独り暮らしって言ったろ?」
「うん聞いた。よく許可してもらったよね」
「まー俺は一日も早くまたこっちで暮らしたかったからなぁ…。んで我が妹様は心配してたまにこっちに様子見に来んだよ」
「マジか」

 また、と言う単語に引っ掛かりかけた僕は、その後の単語の方に見事に引っ張られた。

「今週も来るとよ」
「え、じゃあ」
「特別に会わせてやる」
「やったー!」

 ニヤリ、と笑ったこいつの言葉に、妹がどんな子かも知らないくせに僕は諸手を挙げて喜ぶのだった。

「まったく。俺が病弱だったっていつの話だよ。なあ?もうとっくに学校だって普通に通ってんのにさぁ。あいつも心配しすぎなんだよ」
「へ?ああ、うん、そうだね?」

 ぶつぶつ呟く言葉は僕に向けられたものかわからない音量だった為に、僕は生返事を返した。

「俺の見舞いに来る度に暗くなって帰ってるあいつにバカみたいに大声で声をかけてるヤツがいるから気になってたけど。あいつも元気付けられるわけだわ。それに俺も」
「え?」

 珍しくいっぱいしゃべってた?と思ったのに。

「お前ってやっぱマゾだな」
「なんでそうなった?」

 よくわかんないまとめ方された。

「俺の願いは叶ったし、お前の願いも近々叶うし」
「勝手に叶えたことにするな。そりゃまぁまだ期待はしてるけどさ…」

 僕だけ置いてさくさくと話が進められていく。

 てかお前の願い叶ったの?
 そもそもなに書いたのかも知らないんだけど。

「あいつさー。知らんうちに腐っててさー。そろそろナマモノをご所望なんだとさ」
「独り暮らしだと管理甘くなるよなぁ、腹壊すなよ。妹ちゃん来る日は刺し身買ってく?」

 生物、と言ったら刺し身のことだよな。
 昼か晩か分からないけど、是非とも僕もご一緒させてください。

 あ、寿司の方が早いのかな。

「てことで協力頼むわ」
「買い出し?勿論良いよ」
「…言ったな?」

 荷物でも大量に持たされるのかな。

 軽率にオッケーした僕が悪いのか。
 蛇のように鋭く光らせた瞳に、僕は蛙にでもなったかのように背筋をゾクリとさせた。

 こいつの妹ちゃんかぁ…期待しよう。


end

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