前途多難は犬にでも食わせろ

「なぁなぁ、今年の夏、どっか行かね?」

 そんな話をしたのが数日前。
 まだ学校がやってる時期だ。

「うーん、そうだなぁ…」

 セミの声に負けそうなくらい小さい声が、机に突っ伏した目の前の奴から聞こえてくる。

 暑さ…と言うより眠気に負けているのだろう。
 後数分もしたら五時間目の授業が始まるのに。
 それまで起きていられるかは、俺のトーク力にかかっている。

 と、意気込んだはいいが。
 俺の話術は壊滅的だったために、奴の目覚ましは社会科センセの頭小突き専用アイテムと相成った。
 因みにこの専用アイテムとは、教科書を丸めたやつのことだ。

 そしてつい昨日。

「なぁなぁ、今年の夏、どっか行かね?」

 俺はまたそんな質問を投げ掛けていた。
 相手は同じ。
 シチュエーションは…前回より良い。

 突然の雨のお陰で天気予報より涼しかったのと、こいつが徹夜してゲームをしなかったから。

「うーん?うーん。」

 でもこいつは数日前より語彙力が下がっていた。

「…」
「…」

 暫しの無言。

 暫しって言うにはちょっと長いかも。

 俺が手持ち無沙汰で鞄を漁って、飴を見付けたからって口に入れて。
 因みに袋を開ける頃には察していたが、夏の暑さで飴の周りは溶けていた。

 味に遜色は無いが次開けるのは躊躇いそうだったから、もう一個入っていたやつは目の前の語彙力低男にあげた。
 こいつは特に気にした様子もなく、袋から外れ出てこようとしない飴を無理矢理口にご案内していた。

 強い。
 俺が食べたのより粘着性が上がっていたのに。

 脆くなっていた飴を噛みながら俺は感謝と若干のドン引きを両立させた。

「山行こーぜ」
「あ?」

 そんな感じで家にある残りの飴の安否をついて考えていたものだから、俺はおもむろなやつの発言を聞き逃した。

 いや、なんとなくは聞き取れた。

 ただ珍しいことを言っていたから耳を疑った、と言うのが正しい。

「山だよ。沿線に在んしょ」
「あー、」

 今度は俺の語彙力が死滅した。

 確かに、俺等の通うこの学校の最寄り駅の終点は山の真ん前だ。
 小学生の時の遠足に使われてたくらいだから、この辺のやつならまず知っている。
 もっと言うならテレビで取り上げられていたから、比較的知名度も高いかもしれない。

 まぁ今回は俺とこいつで会話が成り立てば良いのだから、世間の認知度なんかどうでも良いんだけど。

「なに、山好きなん?」

 幼馴染み、とまではいかないがそれなりの付き合いである俺等。
 だけどそんな趣味があるなんて知らなかった。
 ゲームばっかやってるイメージだったからって、俺が勝手にインドアだと決め付けていただけかもだけど。

「いや別に。この間やってたゲームで登山イベントを発生させまくったから」
「この間徹夜したギャルゲー?」
「そう。隠し攻略キャラが全カノジョと登山イベントからのカップリング成功したら出てくる縁結びの神様だったんだよね。それで近所に似たような山あったなーって思って」

 どんなゲームだよ。とは特に布教してもらう予定もないので突っ込まなかった。

「ふーん。でもま、良いじゃん」

 内心で「デートっぽくはねぇなぁ…」とか悪魔が囁いたが、「そもそも付き合ってすらないでしょ」と冷静な天使に理詰めされていた。

 うん。悪魔、負けて良いよ。
 こんな感情は打ち明けるつもりもないから。

 なんとなく隣にいて、他愛もない話で時間を消費することが心地良い程度の印象。
 これを恋と呼ぶのなら、友情と差違はない。

 これを誰かに奪われたくないなんて焦りで時間を浪費する期間は乗り越えた。
 後は如何に有意義に、こいつを一人占めできる今を堪能するかが問題だ。

「んじゃ明日な」
「それ、夏休み初日じゃん」
「別にガチ登山じゃないんだし。ハイキングくらいさっさと済まそうぜ」
「…ま、いいけど」

 行きたいのか行きたくないのかよく分からない理由で、俺の大事な時間は明日訪れることが決定した。


…………
……………………


 もしかして、俺が何処か行くことを前提に話したから、適当な場所で適当に済ませてしまおうとか思ったのだろうか。

 家に帰り一人になると、そんなネガティブな妄想が頭を過った。

 あいつは自分が面倒だったらどんな誘いでも平気で断れるような、社会に出たらおっさん上司に嫌われそうなタイプだ。
 そーゆー気を使う気のない性格も、友達付き合いとしては下手に気を使われてる感を滲み出されるより楽だったりする。
 だからわざわざ約束を取り付けてくれたからにはあいつが嫌だと思っていることではないのだろう。

 ギャルゲーにどれだけ執着しているかは知らないが、ゲームに出てきた雰囲気を味わってみようとか、久しぶりに思い出したから行ってみようとか、そんか軽いものだったんだと思う。

 だからそこまで悲壮になることも、明日着ていく服選びに時間をかけることも、弁当をあいつの分まで作って行こうかとか、考える必要なんてないはすだ。
 強いて言うなら今このワクワクした心だけ持っていけば良いくらいまである。

 だからさぁ、寝るんだ!
 体調を調えて行くことは過剰ではない、礼儀だ!

 なんて考えていたら朝になった。

 徹夜は初めてじゃない。
 朝にも強いからそこまで苦でもない。

 ただちょっと深夜テンションを引きずっているんじゃないかって不安だけはある。

「はよ」
「…おはよ」

 二人の家の最寄りが違うから、待ち合わせは学校のある駅のホーム。
 制服じゃないのは地味に新鮮だった。

「なにその格好」
「…は?」

 動きやすそうだけど格好いいじゃん。なんてごくごく一般的なラフなスタイルに上から目線の批評家を気取っていたらニヤニヤされた。

「いや、別にぃ?」
「なんだよ」

 寝惚けて靴下をちぐはぐに履いてきたわけじゃ無さそうなんだが。

 首を捻っている間にやって来た電車に乗り込んだせいで、結局何がツボだったのかは教えてもらえなかった。

 て言うか、近所のショッピングセンターで買ったシャツの色違いとか。
 ロゴもないのに分かるわけないよな。

「リュック持とうか?お前ふらふらしてるし」
「いや、してないから。これくらい持ってても登れるし。てかロープウェイだし」

 駅に着き、疲れたから…ではなく、物珍しさから山の中腹まで登れるロープウェイに乗り込んだ。

 二人とも座ってるのに荷物を渡す意味が分からない。

「寝不足かー。ゲームいる?」
「なんでそうなる。お前じゃないから夜な夜なやらんわ」

 目の下にクマがないのも確認済みなのだが、何故か寝られなかったことはバレた。

「で、こっち」
「へ?それ下りじゃん」

 ロープウェイを下りて、不可解にも下り坂を進むそいつ。
 まさかこれで登山終了とか言わないよな。と、俺はリュックの重さを感じながら不安になった。

「この先の神社に参ってこーぜ」
「神社?」
「え?存在知らんの?」

 奴の言葉に俺がキョトンとすると、今度は向こうが怪訝そうな顔で俺を見てくる。

 言われてみれば小学生の時の記憶で見たような気もする。
 朱色の建物が木々に囲まれたような影像。
 この先に在るのがそれ、か?

 信心深くもなければ風景にも然程興味のない俺はその辺の記憶が曖昧だった。
 遠足での記憶は山頂でみんなで弁当を食べた所くらいしかない。
 後帰り道で前を歩いてたやつが拾った木の枝を登山客真似て杖みたいにして遊んでたことも覚えてるけど。

「へー。そっかー、知らないかぁー」
「なんだよさっきから」

 またニヤニヤしだした奴にちょっと引く俺。
 物理的に歩く距離が開いた。

「ほらほら投げ銭投げ銭。そんくらい持ってきてんだろ」
「そりゃまぁ」

 時間のせいか案外少ない観光客。
 俺等は待ち時間もなく賽銭ができた。

 隣に真面目に瞼を閉じて神様に向かうやつがいるとなれば俺もそれに倣うしかあるまい。

 神様神様、あなたの山にお邪魔してます。
 願い事は、こいつと付き合えますように…って、いくら無言でもそりゃないか。

 ふっと顔を出した悪魔の囁きを咄嗟に誤魔化して最後に一礼して脇に避ける。
 願い事が終わるのはほぼ同時だった。

「で?なに願ったん?」
「別に、大したことじゃない」

 ありがちな質問に詰まらない返事を返す俺。

 と言うか結局大半の時間を神様への言い分けで費やした。
 だから改めて願い事を述べるのを忘れていたと言うかなんと言うか。

「ふーん、じゃあ今から願い叶えちゃおうぜ」
「は?」

 唐突に話の流れが噛み合わなくなり、俺はドスを効かせた。
 そんな気はなかったのだが、いけない。
 思ったよりも眠気にやられてんのだろうか。

「ここ、縁結びの神様がいるんよ。特に恋愛に強い」
「はぁ…。」

 こいつの解説にも生返事しか返せない。 

「今から俺等はカップルです」
「は?」

 今度は気の抜けた声になった。

 俺、語彙力無くても表現力は豊かかもしれない。

「神様に立会人やってくださいって願ったから。後はほら、告るだけじゃん?」
「…」

 なんか当たり前みたいに話を進めていく奴が目の前で何か言っているが。
 取り敢えず告られた記憶はない。
 宣言はされたけど。

「なんだよー。嬉しいだろ?お前の願い事も叶っただろうし」
「は?え?は?」

 俺の語彙力が一文字上がった。

「え?だってお前、俺のこと好きだろ?初日にカップルになっておけば夏休みに出かけるのもその先も全部デートじゃん」
「??」

 俺の語彙力がに2下がった。

「よし。じゃあ山頂行こう。背中のそれ、弁当だろ?俺もう腹へってさぁー。安心しろ、不味くても食ってやるから」

 え?え?

 なんで砂糖と塩を間違えたの知ってるの?
 いやでも失敗した方は俺の方に入れたんだけど。
 俺が料理しないことは…あ、話したかも。

 トントン拍子で話が飛んでいって置いていかれないように手が引かれている。
 それでもずるずる引きずられているようなものだけど。

 全く。訳が分からない。
 わかるのはこいつの洞察力が俺の思ってる以上に良いらしいってこと。
 だから俺が何だかんだ居心地が良いと思っていた空間は、こいつが作ってくれていたかもしれないってこと。

 神様、ありがとう?

 いや、神様はいない方がいいのか。

「大丈夫。俺ってリアルは一途だから」
「うん?うん、ありがとう?」


end

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