本日も幸福なり

「…よし、結婚しよう!」
「……………………………はい?」

 6月も中頃、特筆できる要素もない日がな昼下がり。
 俺の横に座っていたこいつはそう言った。

 俺達はまぁ、付き合っている。
 高校からの付き合いだが、未だに友人にも親にもカミングアウトはしていない。
 友人辺りは薄々感付いているかもしれないが、取り敢えずバラす予定はない。

 しかし同棲はしている。
 節約の一環だ。と誤魔化して都会の大学に入学した頃から始めて、社会人になってからもそのまま一緒に住んでいる。

 新社会人生活が落ち着いた、区切りがいい。と言うには遅い。
 所帯を持つと言うわけでもないし、お互い結婚願望があるわけでもなかったから、別に結婚証明書を取りに何処ぞまで行って同性婚を果たしたいなんて話も今まで無かった。

「なにいきなり」
「ん?まぁ、世の中ジューンブライドってやつだし」

 流れで言った感じか。
 プロポーズしてきたくせに当の本人が至極興味無さげだった。

 ジューン、6月…。
 そうか、そんなものがあったな。

「そこ、はいって言われたい?」

 今日の晩御飯、なににしよっか。くらい何気ないものだったから、俺も空気を読まない疑問を素直に吐き出した。

 結婚。
 してもしなくても今の生活とさして変わらないだろう。

 指輪を見に行くことも、買ったところで付けることも無いわけだし。

 結婚式に呼べる相手もいないが、二人きりで愛の誓いを。なんてくさいことをしたがるタチだったか?

「んー。どっちでも」

 スマホのゲーム画面から目を離さずに返された。
 画面の中ではジューンブライドのイベントをやっている。

 ウェディングドレスのキャラクターを眺めながら、このイベントを見て思い立ったのか。と納得した。

「新婚旅行くらいついてくるかもよ?」
「興味無ぇ」

 お得セットみたいに言われたが、俺は素っ気ない返事を返す。

 クリスマスパーティーとか誕生日パーティーとか、何かにかこつけてダチと集まって騒ぐのは昔から好きだ。
 ハメをはずす口実ってやつ。
 何かしらの理由をこじつければ、定期的に顔合わせもできて疎遠にならずに済むし。
 だが外出好きと言う程、陽キャはやっていない。

 今は家にこいつがいるし、わざわざ何処かに旅行とか言わなくてもこいつといられるからな。

 寧ろうちにいる方が幸せだ。

「そか」

 短い安堵したような声が傍らから漏れ聞こえた。

 俺より引きこもり万歳人間のこいつのことだ。
 俺が旅行と聞いて乗り気にならなかったことに安心したのだろう。

 そんな苦手なら提案しなきゃいいのに。

 餌…には正直なってないが、そんなものを提示してまで俺に結婚を頷かせたいのか?

「別に…結婚くらいいいけど」
「っ!そっか!」

 特に断る理由のない俺は、ちょっと悩んだあげくに頷いたのだった。


…………


 あれから4年。

 当時は婚姻届とか、式とか、せめて指輪くらい買ったりするなかなぁ。なんて暫く思っていたのだが。

 俺が結婚に了承したことで満足したのか、その後はビックリするくらいなにもやらなかった。

 あれ別に断ったからってなにも変わらなかったのでは?とすら思ってしまいそうになる。

 しかし、一点だけ変わったことがある。

「結婚3周年!」
「だね」

 普段の生活はひくほど変わっていないが、結婚記念日だけは毎年祝うようになった。

 あまりに雑なやり取りだったから、口だけの結婚は俺の記憶からはすっかり消えていたのだけれど。
 だから仕事から帰ってきたら、なんのパーティーだってくらい部屋が飾られてご馳走が並べられていた時はかなり驚いた。

 サプライズパーティだと笑っていたから、寧ろ忘れているくらいが丁度良かったらしい。

 それもこれで3回目。
 2年目にも記念日を祝ったのだから今回は流石に覚えている。

「今回も凄いな」

 在宅ワークとはいえ、こいつにだって仕事はある筈だ。
 一人で今日一日で仕上げたとは思えない飾り付けには毎回開いた口が閉じないったらない。

 つかこの装飾、毎年何処に隠してんだ?
 こいつの仕事部屋か?
 紙の輪を連ねたガーランドとか、ちょっと曲がってる感じからして手作りだよな。

 もしかして何日も前からコツコツ作りためてんのか?

 やっとサプライズパーティーになれてきた俺は今になってそんなことを考え始めた。

 狭い仕事部屋で装飾に居場所を奪われながら紙で輪を作り続けるこいつの姿を想像するとなんかおかしくなった。

「にしても、なんでいつもこんなに豪勢にやってんだ?」

 用意してくれた晩飯を食いながら、ふと思った疑問を口にした。

 こいつはこーゆーガチャガチャしたパーティの雰囲気が得意ではなかった筈だ。
 いや、正確には大勢の空間が苦手なだけであって、雰囲気は嫌いな訳じゃないのかもしれないが。
 それでも毎年続けるほど興味があったようにも見えなかったけどな。

「ん?んー」

 目の前のパスタをくるくる弄びながら僅かに視線を逸らされる。

「6月だから…」

 そしてポツリと呟いた。

 6月?

「前にお前言ってたじゃん?6月はなんのイベントも無いーって」
「ん?ああ、まぁ」

 地元を離れ、と言っても帰るのがそんなに難しい距離でもない俺は、毎月一度は帰省している。
 親にちょろっと顔を見せて、それから馴染みの面子と適当に騒いで帰る。といった具合だ。

 なんとなく学生時代からの習慣で何かある頃になると誰かが声をかけて集まるのだが、誕生日も含めれば毎月何かしらのイベントを埋められるにも関わらず、6月だけは本当になにもなかった。
 梅雨も合間って、わざわざ集まらなくてもいっか。てムードにもなりやすいのだ。

 ガキじゃあるまいし四六時中ダチと遊んでたいとも思わないが、なんかもう癖みたいなもので、この月だけ何もないのが変に寂しさを覚えてしまう。

 そんな話をこいつにしたような記憶はなくもない。

「だからさ、イベントがないなら作ればいいかなーって。まぁ内容的にあいつら呼べるイベントでもないんだけどさ」

 未だに同じ麺をくるくるやっているこいつが気まずげに白状した。

「え、じゃあ俺のため?」
「パーティー好きだろ?」

 雰囲気だけでもな。と言ってやっとパスタを口に放りこんだこいつを前に、逆に俺はフォークを握ったまま固まっていた。

 別にイベントが好きなわけでもパーティー自体が好きなわけでも無かったんだけどな。
 変な話、こいつは何かしらの口実を作らないと疎遠になるわけでもないし。

 ただ、俺がつまらないだろうってイベント作って、俺を喜ばせようとここまで準備をしてくれていた、と。
 そんなの、嬉しいに決まってるじゃないか。

「…」
「…なに?」

 俺が反応を示さなかったことでこいつが訝しげにする。

「手ぇだせ」
「?」
「そっちじゃない」

 俺はギシ、とでも音がなりそうな程ぎこちない、しかし素早い動きで傍らの仕事鞄から目的の物を取り出した。

「?…………これ、」

 そしてこいつの手に乗せる。

 独特の形をした小箱は、開ける前から中身が何かはわかるだろう。
 いわく、指輪である。

 どうせ今年もサプライズパーティーをやるだろうとは思っていたし、どうせ婚約指輪を作るなんて気はないだろうとも思っていたから、俺が作ってきた。

 普段使いできるデザインで、刻印サービスでは、さも俺の名前と苗字のイニシャルとばかりに俺とこいつの名前の頭文字を刻んでもらってきた。

「お前なら引き込もってんだし付けれんだろ?」

 俺は人様に見られて話題の種にされても面倒だからつけられないが、こいつはそんなことを気にする必用もないだろう。

「ありがとう…!お前の分は?」

 いそいそと薬指にはめるこいつは中々にあげてよかったと思えるような顔をした。

「お前が見繕え」

 きらっきらな眼差しで見つめられた俺はえもいわれぬ罪悪感の中、顔をそらしながら告げる。

「同じデザインよりお前が選んでくれたやつを付けたい…できればネックレス」

 同じ指輪を二つ注文しても良かったのだが。
 なんとなく、本当になんとなくそんなことを思ったのだ。

 まさかパーティー自体が俺のためだったなんて思ってなかったから、それくらいの注文はしてもいいかなと思ったのだが。

「っ!わかった!」

 俺のわがままに嫌な顔どころか嬉しそうにするこいつ。

 くそ、貰いすぎてる。
 一緒にいるだけで幸せなのに、これ以上幸せにされても良いのだろうか。

「…来年は準備、俺もやるからな」
「え?いいよ、俺がやるって」
「俺がお前と一緒にやりたいの」

 ここまで来たらもっと幸せ貰おうか。


end

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