鬼は内
「よう」
「はよ」
寒空の中マフラーくらいしか防寒対策をしていないいつ見ても寒そうな恋人様は、うちの玄関で片手を挙げて白い息を漏らした。
「さっむ」
室内の温風が外の現実を教えたのか、さっきまで平気な顔をしていたのに急に寒がる恋人様。
ならさっさと上がれよ。
玄関開けっぱじゃ中まで温度下がっちゃうじゃん。
「入らんの?」
「いや、入りたいけどさ…」
腕を擦る仕種をする恋人様だが、玄関を開けて待っていても一向に足を踏み出す様子がない。
なにこいつ。
新手の嫌がらせか?
「今日って何日だっけ」
「ん?2月2日」
んなもん部屋のこたつにインしてからでも良くね?と思いつつ、律儀に答える俺。
「やっぱそうだよな」
「?」
寒さを誤魔化すためかそわそわ左右に揺れだした恋人様が真剣な顔で呟いた。
だからなに。
「節分って明日だよな」
「いや今日だよ」
わざわざ玄関でしなくちゃいけない会話か?
とは今さら聞くまい。
室内の天国空間を犠牲に俺は恋人様の疑問に付き合うことにした。
つーか、お前と違って俺は室内用の装いなんだよ。
つまり好き好んで寒空のもと薄着しているわけじゃないの。
めっちゃ寒いんだけど?
「は?」
「ニュース見てないん?今年の節分は124年振りに2日なんだと」
恋人様の疑問に早口で答えれば、恋人様は「ああ、そうだっけ」と間抜けた返事を返してきた。
そう言えば2月3日に一緒に過ごしたことは無かったっけ。
別にクリスマスみたいにムードがある行事ではないし、曲がりなりにも恋人としてはこの後に控えているバレンタインの方が気にかかるわけで。
でも思い返せば節分だからと誘ったことはあるが何かしら理由を付けて断られていたな。
3日…と言うより節分になんか用事でもあったのだろうか。
現にうちには兄貴ん所のチビ共が毎年遊びに来ては俺が鬼役をやらされているからよく覚えている。
最初はこいつに鬼役を押し付けようと誘ったことも有ったんだった。
「今朝も元気に豆まきしてたわ」
うちで節分をやっていることは話したことが有るから恋人様も知っている。
にも拘らず珍しく節分の日に遊びに来ると言ったのは、単純に節分が明日だと勘違いしていたからか。
「もうチビは帰ったぞ」
こいつ子供苦手だっけ?とか考えながらうちに入らない理由を推測してみる。
「あっ、いや、そっか、豆巻いたかー。アハハ」
「?」
何やら挙動不審な反応を返された。
乾いた笑いだけで、相変わらず足は動かない。
もうマジでなんなの。
「あっ、じゃあ俺、帰ろうかな」
「は?」
唐突に極論を導きだした恋人様。
今の間に何があったし。
「いやほら、豆の片付けとかあるっしょ?」
「うちは小袋のまま投げさせてるから、んな散らばってねーよ」
室内行事なめんな。
つかなら一緒に片すくらいは言ってくれても良くね?
「寒くなってきたし」
「後数歩踏み出してくれれば解決するんだけどな」
うちは寒いと。
だとしたら長々玄関を開けざるを得ない誰かさんのせいなんたがね。
何か用事があるなら、こいつの主張に「じゃあまた今度」って言ってやってもいいんだけど、看破してくださいと言わんばかりの理由付けには噛みつきたくもなる。
「…」
「…」
「…」
「…」
沈黙。
明らかに不自然なやり取りに、俺が方眉をピクリと上げると、恋人様は気まずそうに視線を逸らした。
頬っぺたも鼻先も寒そうに真っ赤にして、白い息も出ないくらい肺まで冷えてるくせに。
「…ちょっと待ってろ」
「?」
頑なにうちに入ろうとしない恋人様を動かすことを諦めた俺は、頭を掻いて溜め息を一つ漏らす。
玄関を開けたまま自分だけ部屋に引き返し、こたつやストーブの電源を切り戸締まりを見返したら、上着に手をかける。
「…」
再び玄関に戻れば、キョトンとした間抜け面が俺を出迎えた。
「お前の上着、見に行くぞ」
「っ!おう!」
いつもこんな薄着なら、これより厚い上着なんて持っていないだろう。
本人は気にしなくても俺は見ていて寒い。
ろくな理由が無いなら室内デート改め買い物デートにしましょうや。
これを機に俺の視覚的に暖かくなってもらおうじゃないか。
「次は俺からチビ共の方行くかな」
「ん?」
カイロを忍ばせたポケットに恋人様の手ごと自分の手を突っ込んで一人ゴチる。
帰るって言った本人があんなに悲しそうな顔をしていたくせに、今は人より長い八重歯をちらつかせて満面の笑みをたたえる恋人様。
まさか本当に豆まきに効果があるなんてな。
形だけのものだと思っていたが。
毛量多くてよく分からないけど、やっぱり何処かに角とかあんのかな。
とか。
まぁ、取り敢えず来年からは鬼も福もひっくるめて内に呼ぼうか。
end
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