大願成就でいきましょう
「デカイ神社行きたい除夜の鐘突たい肉まん食いたい日の出みたい彼女と初詣とか行きたいな!」
「…」
大晦日の夜。
突然我が家に押し掛けて来た友人は、勝手に俺の半纏を着込んだあげく、炬燵に丸くなりそんなことを言ってきた。
「勝手に行け。つーか、お前、里帰りは?」
「この状況だぞ?パスに決まってんだろ」
俺が半纏の代わりにダウンを着て、二人分のカップ麺を持って戻ってくると、ジト、とした目で睨まれる。
「…むさい」
「あ゙?」
勝手に上がり込んで人様の常備食まで食おうとしている奴からシンプルな暴言が飛んで来た。
「なーんでこんな記念すべき日に狭い部屋で男二人顔付き合わせてカップ麺をすすらにゃならんのだ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
お前が来なきゃ「むさい」状況にはならなかったんだよ。と言いたい。
テレビだって俺は紅白が観たいんだ。
まぁガキ使も面白いから悩んじゃいたけど。
「なぁなぁおせちはー?お前んち、お袋さんからいつも貰ってんだろ?」
「…」
いそいそときつねうどんを自分の方に引っ張り開封しながら聞いてくるこいつ。
クソ。
そういやいつだかそんな話もしたな。
「貰ってるけどまだ元日じゃねぇだろ。せめて日付変わったらだ」
「えー」
同い年とは思えない不貞腐れた姿を横目に、台所にかやくや粉の入っていた袋を持っていき捨てて、代わりにポットを持ってくる。
こいつの視線は、俺が戻っても台所を向いていた。
おおかたおせちが台所にあるのを察しての行動だろう。
しかし!
おせちをここで持ってきたら最後、明日の飯が無くなることを意味するのだ。
カップ麺は予定外に開けてしまったし、菓子もこいつが勝手に開封して胃袋に納めてしまった。
最後の砦だけは死守せねば。
「はぁー。本当だったら今頃可愛い彼女と里に戻って兄貴に自慢するつもりだったのに」
「え、なにお前。彼女なんていたの?」
「いたら今ここにいないわ」
「だよな」
彼女を作る気が有ったことに驚きだ。
お前、ずっと俺等とつるんでたじゃん。
突然こんなこと言い出したってことは兄さんにでも彼女ができたのかね。
「そだ。この際あいつ等も呼ぶか」
「えー。三密ー、密集ーダメよー。こんな狭い部屋じゃ密接必至だしー」
俺がやっと炬燵に入ってスマホを手にしたら、げしげしと炬燵の中で足を蹴られる。
痛くはないけどウゼェ。
「んじゃ密室を避けるために換気でもするかね」
「ごめんなさいヤメテ」
立ち上がるそぶりを見せればすかさず謝ってくるこいつ。
俺も寒いから窓は開けたくないんだけど。
どうやら延ばしていた足は正座した様だ。
うんうん、言い心がけだ。
でも低い炬燵なんだから座高が高くなったら食いづらくね?
俺は構わないけど。
「なー。これじゃいつもの風景じゃん。つまんねーからさー、シュチエーションだけでも満喫しよーぜー」
「は?」
ふたを取って割り箸割りを失敗したこいつがちら、とこっちを見て提案してきた。
いや。俺のは普通の箸だから。
交換しねぇぞ。
「こうさ、"ここは山頂!もうすぐ日ノ出!"とか"初詣を避けて大晦日を選んだのに、結構混んでたね!"とか、そんな架空の話で盛り上がろうぜ」
「…」
どうやらごっこ遊びがしたいらしい。
お前はいくつだ。
「よし。じゃあ気分作りに窓を開けるか」
「ごめんなさい」
もはや立つ素振りもなく真顔で問えば、食い気味の謝罪が帰ってきた。
はい、終了。
お前は大人しくきつねかじってろ。
「じゃあじゃあ、せめて関係性だけでも!寂しい野郎二人はやめようぜ!」
うどんを持ち上げながら、なおも喋りのために口を動かすとは。
もういい加減食えよ。と思ったが、そういやこいつ猫舌だっけ。
暫くは咀嚼以外の口の動きが止まることはなさそうだとため息を吐きながら、俺は自分の分の麺をすする。
因みに俺のはちゃんと年越しそばだ。
「ぼっちは嫌じゃん!だから恋人になろうぜ!な!」
「ぶっ。」
危なく麺を吹きかけた。
年末になんつー汚点を刻ませようとしてんだこの野郎。
年始のド深夜に大掃除とか嫌なんですけど。
…で?
なんだって?
「今年中に恋人欲しかったんだもん!今なら滑り込みセーフじゃない!?」
「いやアウトだろ」
問題はタイムリミットではない。
「つかお前が欲しいのは彼女だろ?」
どんな爆弾が降ってくるかわからない怖さで箸を持つ手が止まる。
こいつ、ゲイでもバイですらも無かったよな。
俺が知らなかっただけ?
因みに俺はノーマルだ。
「だってお前女の子じゃないじゃん。じゃあ彼女の線は妥協するしかなくね?」
「無くねぇ。」
こいつの見境のなさに驚愕するしかない俺だった。
いやもう理屈がわかんねぇんだよ。
「その辺の女引っ掻けてこいよ。お前顔良いし一人くらい釣れんだろ」
頭は残念だが。とは言わない。
「えー。こんな日に釣れる奴なんて絶対ヤバイじゃん。ビッチかブスじゃん」
「俺を巻き込むよりましだろ」
こいつの偏見はこの際置いておいて。
男より良いだろ。
電気消して寝ちまえば一緒だよ。
「お前だって顔良いじゃん?女顔とかじゃないけど。それに優しいし。居て楽だし、楽しいし」
恋人に求める条件が揃ってる!
じゃねーよ。
どや顔で言われても納得できねぇよ。
「えー。良いじゃん!恋人できたーって自慢したいんだよー」
「ふたを開けたら俺って、それ虚しくね?」
「別に」
「…」
ずるずると麺をすする奴に動揺の色は見られない。
ただ「良いじゃんー」を繰り返すうるさいオモチャみたいになっている。
どうせ肩書きのためってんならこの際適当に頷いて良いか。とか俺は少しめんどくさくなっていた。
俺が頷けばこいつはも満足して、テレビだって見易くなるってもんだ。
一通り自慢して回った頃には肩書きにも飽きて忘れるだろ。
「やったー!これで恋人いない歴=年齢を脱却したぞー!」
「はいはいオメデトウ」
なんか知らないが喜んでいるみたいだからまぁいいか。
その実今もいない歴更新中のようなものだけど。
「んじゃ、記念すべき彼氏にそのそばわけて!」
「早っ。お前いつの間に食ったんだよ」
食うタイミングを逃していたら、気がつけばこいつのカップの中は汁まで無くなっていた。
「"あーん"とかもやってみたいんだけど」
「それはマジもんの恋人作ってからやれ。」
脱力しかしない会話。
テレビの中では芸人達が決まり文句を口にしていた。
もうそんな時間か。
「あけ…」
「おせち解禁だ!」
「…」
いや俺、お前みたいなのは彼女でも普通に願い下げだわ。
「新年の挨拶くらいしろ」
「はーい、お母さん」
俺にいくつの肩書きを背負わせる気だこいつ。
「はい。あけましておめでとうございます」
「あげましておめでとー!今年もよろしくな!………よし!じゃあおせちだ!」
…うんまぁ、里帰りもない身としては、賑やかな新年を迎えられたのは悪くないかね。
「食いきるなよ」
「…お、おう!」
取り敢えず明日の飯が心配だから、近くの神社に初詣がてらコンビニ行くかな。
「お前も来い。肉まん一個くらいなら買ってやる」
「やったー!」
end
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