七夕、リア充計画。

 七夕。
 七夕ねぇ。

 七夕って言うと、あれだ。
 付き合って浮かれたバカップルが、仕事サボった罰で年一しか合えなくなったってやつ。

 まぁ俺は、ざまぁw…とか思ったりしてるが?

 いやだってさー、うざくね?
 欲目に溺れた彼氏目線の、自称可愛い恋人の写真を延々見せられるとか。
 私のイケてる彼氏君(はぁと)みたいに貴方も紳士的になったら?とか。

 リア充爆ぜろくらいは定期だよね。 

 いやいや(笑)

 織姫ってさ、可愛くない訳じゃないんだよ?
 でもここ天界よ?
 顔面偏差値高過ぎるのよね。
 つまり織姫かすむよね。
 ブサカワまでまるね。

 で、彦星。
 そいつ悪いやつではないが、惚れた女へのアピールだから数割り増し優しいだけで、善意は一般的範囲内だからな。

 どちらも単体ならば悪いやつではないが、恋の病に侵されてダメ人間になったとなれば苦情殺到で第三者に引き剥がされるのも致し方のないこと。
 仕事しないのが悪い。

 と、そんなことを言っている俺は二人の知り合いかつ天帝様ね。
 二人を引き剥がした張本人。

 あ、因みに織姫は娘じゃないよ。
 よく家に遊びに来るから伝記には娘ってなってるし、俺も実は引きこもりDTてバレると悲しくなるから指摘してないけど。

 俺はまだそこそこ若いから。
 そんな大きな子供なんている歳じゃないから。
 天帝のイメージ図は先代から来てるんだろーなー。
 ちゃんと威厳もあってマジでかっこ良かったもん。

 閑話休題。

 今の天帝である俺は織姫彦星とは幼馴染みだ。
 俺の方がちょっと年上だけど。

 まぁ、よくあるよね。
 三人グループの幼馴染みで、気が付いたら二人が付き合ってるとか。

 付き合うのは良いけど仕事はしなさい!
 君たちそんなんじゃなかったでしょーが!

 とオコな俺が二人からオカンと呼ばれ出したのは最近のことである。

 良いよな遠距離恋愛でも恋愛する相手がいるんだから。
 川に隔たれたって、手軽な連絡ツールが今時あるし。

「じゃー俺は人間界行ってるから。橋渡しよろしくね」
「はいはーい」

 そんな今日は待ちに待たないリア充イベント、七夕その日である。

 重苦しい天帝の衣装から人間界らしいパーカー姿に野暮ったい眼鏡。
 いつもはオールバックにしている前髪も顔が隠れるくらい垂らしザ陰キャに変装した俺は、俺の頭に乗ったカササギと二、三言葉を交わす。

 猫背は高身長誤魔化すためだから。
 ちょっと着古した感有るのも演出だから。
 別にオフの時の普段着じゃないんだからね!

「また今回もちょっと遅れて帰ってくんでしょー」
「別に人間界が楽しいだけだから。変な勘繰りすんなよ」

 俺の弁解など聞いているかも微妙なまま、にやにや笑うカササギ。

 織姫達がお互いに会えないことをあまりに悲しそうにしていたから、年一は会えるようにした俺だが、ちょっとかっこがつかないのでカササギにお願いされて橋渡しを許可したことにしてある。

 そんな借りをカササギに作ってしまったせいで、俺が毎年七夕には地上へ降りるのを二人の邪魔をしないためだとか、帰りが遅いのを少しでも二人の時間を作るためだとか勘違いしているカササギ。

 俺はリア充なんか嫌いだし!
 そんな情けをかける趣味無いもんね!

「幼馴染みに甘いとか、天帝として示しがつかないですもんねー。わかりますよー。でもお二人共、天ちゃんの気遣いバレッバレですよー。優しいなー天ちゃんはー」
「天ちゃん言うなし」

 こいつは腐れ縁だが、いまだに俺のことを分かっていないようだな。

 憤死するから言葉責めやめて。

「そうそう。お二人から伝言ですよー。そろそろまた三人でも遊ぼうって。なんならWデートでもいいよって」
「リア充爆ぜろ」

 あいつ等は幼馴染みだが、普通に俺のことが分かっていないようだな。

 卑屈陰キャの俺に恋人の紹介を求めるか。
 ならば天帝を世襲制にする必要があるな。

「まー、いってらっしゃい。楽しい楽しい人間界ライフをエンジョイしてきてくださいな」
「ん、悪いな。留守を任せるぞ」

 カササギが羽をパタパタと器用に振って俺を見送りに入ったから、俺も片手を挙げて答える。

 流石にあの二人も反省しているから、もう行動を制限しなくてもイチャつきまくることはないと思うのだが。
 と一時の過ちで永いこと罰に甘んじている二人を少し不憫に思いながら、俺は橋渡しを許される時間を前に人間界へ飛び降りた。


…………
……………………


ヒソヒソコソコソ

「…」

 周囲に影口を囁かれているような嫌な妄想を抱きながら、俺は地上の町をいく。

 本当は誰も俺のことなんか見ていないことくらいわかっている。

 恋人、家族連れ、仕事帰りの独り身。

 通りすがりの他人が多少不幸そうな顔をしていても、いちいち気にもとめないだろう。

「…」

 それでも俺は背を丸めてできる限り目立たないようにしながら、足を早める。

 天界在住の俺に、地上で帰る家はない。
 それに年一しか降り立たないのだから、金も友人もいない。

「楽しいわけねーよ」

 橋渡しの日がバレンタインやクリスマスじゃなくてまだ良かった。なんて思いはするが、それでもキラキラ輝く町のネオンに気圧されることには代わりがなかった。

 昔に比べ普段から華やかな喧騒の場所が増えた。
 街角で踞っていれば時間が過ぎていく前にお巡りさんの厄介になることも増えた。

「ひまだ」

 仕事ならできる。
 書類とのにらめっこは嫌いじゃない。
 自分で言うのもなんだが、人を見る目も采配も確かだ。
 だから先代に天帝として任命された。

 けど素なんてこんなものだ。
 俺は、自力で楽しみを見つけることもできない仕事人間だ。

 いつも織姫達に楽しいものを教えてもらってばかりだった。
 きっとあの二人と来ていれば、地上の良さだって味わえただろうに。

「おにーさん浮かない顔してんねー」
「?」

 今日も行くあてなく時間だけを浪費しようとしていた俺のすぐ隣からかかる声。

 それが俺にかけられたものだと気付くには少し時間がいった。

「俺?」
「そー。暇なら一緒に遊ばない?オレ、急にフリーになっちゃたんだよね」

 見るからに陽気そうな兄ちゃんが、ヘラヘラと笑って肩を組んでくる。

 恋人にフラれたのか、友達にボイコットされたのか。
 それにしてもわざわざ俺に声をかけてくるって。
 こーゆータイプって群れるの好きだな。
 一人でいらんないの?

 とか思う反面、職質でもティッシュ配りでもないのに声をかけられてちょっと嬉しくなったのは秘密である。

「オレが楽しいこと色々教えたげるからー、時間潰し手伝ってよ!な!」

 普通、ナンパならば女の子にするもんだろう。なんて考えたり、危ない宗教への勧誘をされそうになってんのかな。とか勘繰ったり。

「俺でよければ」
「やった!」

 でもまだまだ帰るには早かったから、少しくらいこのナンパ男に付き合ってやっても良いかな。なんて考えを改めた。

 どうせ数時間後には天界へ帰って会わなくなるのだ。
 無一文の俺が変な壺を買わされることはないだろう。

「あそこ寄っていこう!」

「これ凄くない?」

「なぁなぁあれって…」

 殆どずっと兄ちゃんが一方的にしゃべって歩き回った。

 その間、俺を財布にしようとか、怪しい世界へ誘おうなんて素振りはなく、ただただ昔からのダチみたいに適当な話をし続けた。

 こいつには本当に他意なんか無かったのだろう。
 俺が勝手に警戒していただけか。

 自分とはジャンルの違う人間が目新しかったから構ってみた、と言うところかな。

「あー、こんな楽しかったのは初めて!」

 兄ちゃんが伸びをしながらそんなお世辞を宣う。
 俺がそれを言うことはあれ、お前のは絶対嘘だろう。
 もっと楽しかったことを素直に伝えられる人間が身の回りにはごまんといるに違いない。

「なぁなぁ、連絡先とか教えてくんね?」

 と、おもむろに兄ちゃんはそんなことを言ってきた。
 ちょっと親しくなった相手であれば、交流を続けるためには必須のイベントだろう。
 例えこの場限りの社交辞令だとしても、嬉しかったのは事実だ。

「ごめ…」

 でも俺は断る。
 それから時計をちら、と見た。
 もうそろそろ帰る時間だ。

「あーそか、」

 沈黙。
 空気が気まずくなってしまったのがわかる。

「えっと、違って。俺、スマホとか持ってないからっ、連絡手段ないって言うかっ!」

 きっと相手は俺が連絡先を教えたくなかったのだろうと勘違いしているに違いない。

 そうじゃない。

 金も家もない俺は、当然、連絡ツールだって持ち合わせていないのだ。

 本当は楽しかった。
 また会いたい。

 けど無理なんだ。

「いっ、一年後!」
「え?」

 俺は意を決して人差し指を突き立てる。

 連絡先の交換が社交辞令だったら恥ずかしすぎる。
 でもこいつはきっと良い奴だ。
 明日には忘れるような約束でも、今だけはバカにしないで笑って答えてくれるに違いない。

「一年後にまた来るから、会おうっ!」

 大人とは思えないお粗末な口約束。
 しかもたった一日、数時間の知り合い。

 兄ちゃんだって驚いたに違いない。

「プッ、ハハ」

 不意に、兄ちゃんが吹き出した。

「いや、悪い…フフ…」

 目に涙を溜めて笑いをこらえる兄ちゃん。
 俺の顔はすでに緊張で赤いが、兄ちゃんも今ので大分赤くなっている。

「良いぜ。一年後、また七夕の日な」

 笑いながらも優しい笑みを浮かべる兄ちゃん。
 一年に一回、でも良いからまた会えるだろうことが嬉しい。

 陽キャも案外悪いやつばかりではないんだな。と偏見を改める必要がありそうだ。

「でもまぁ、次の七夕にはWデートくらいしたいねー」
「?」

 ふと、自分の顎に手をやった兄ちゃんは夜空を見上げながらそんなことを呟いた。

 天には満点の星が河を作り出している。
 織姫達も今ごろ宜しくやっているだろう。

「あいつ等から"見張りは良いから楽しんでこい"って言われてるし、折角なら嬉しい報告がしたいもんだねぇ」
「…どうかした?」

 何かを考える兄ちゃんの思案は、俺が疎ましいとかとは違うだろうけど。
 もうちょっとでお別れなのに気をそらしている間にさよなら、はしたくない。

「警戒されるかと思ったのに案外手応え悪くないし…よし。今度から会う時は人型で行くわ」
「え?」

 今度は俺に言われたのに、疑問符は止まらない。
 ひとがた?

「天ちゃんてマジで仕事以外では鈍感だよな」

 にやにやと笑いだした兄ちゃんが俺の頭を撫でる。

 気持ちいいけどやめて。
 髪がぐしゃぐしゃにして帰ったらカササギに丁度良い巣だとか言ってからかわれるから。

「んじゃ、また"後で"な」
「うん。…ん?」

 俺の名残惜しさも気にする事なく手を振って去っていく兄ちゃんに、俺は一瞬の違和感のせいで呆然として何も返せなかった。

 一年後を後でと評する違和感じゃない。

 俺、兄ちゃんの名前も聞き損ねたのに、いつ自己紹介なんてしたっけ?


end

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