格子の向こう側 | ナノ


▼ 名も無き囚人@

〜とある看守の水波海観察記〜

今日も水波海さんと一緒に当直だ。
そして今日も門倉看守部長は非番だ。
何故か僕はそうなることが多く、そういう日は当然のように水波海さんが仕事を放棄して囚人と話し出し、自分の仕事量が増えるから憂鬱だった。
しかし僕には水波海さんを止められるだけの術も能力も無いから諦めるしかない。
いや、あの人を止められる人は門倉看守部長以外居ないのではないかと思うが。

「あんた、いかにもな悪人面っすね〜!」
「悪かったな」

呑気に話す声が聞こえてくる。
今日の話し相手はあの囚人か。
水波海さんが話す相手に興味が有るのか無いのか判別するのはとても容易だった。
興味があれば暫く話し込んで戻って来ないし、興味が無ければすぐに戻ってくるからだ。
そんなことを考えながら自分の仕事を進めていると中央見張り所の戸が開いた。

「今回の奴もイマイチだったっす〜」

あの囚人には興味を持たなかったらしい。
抱えて帰ってきた椅子に座り直して欠伸をしている。

「今日も戻ってくるの早かったですね」
「思ったよりつまんなかったから」
「そうですか」

斯く言う僕も水波海さんとの会話が長く続いたことは無い。
要するに彼女にとって僕も“興味の無い人間”なのだろう。
好意を持ってほしいとまでは思わないが、興味すら持たれないのは何となく切ないものだ。
僕はさらに憂鬱になりながら、水波海さんの分も含む目の前の仕事を再開した。

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