実際同棲ってのは破局に繋がる場合が多い


あたしは家にあった包丁を突き付けられ、部屋の真ん中で正座させられていた。目を覚ましたら既にこんな状況だったのだ。
狭いワンルーム。女一人が十分生活できるスペースは九人の男によってまるでどっかの野球部の寮みたいになっていた。あたしがマネージャーか。でもマネージャーは包丁なんて突き付けられないよな。あたしはあたしに包丁を突き付けているプロシュートさんを見上げた。ちらりと見下ろす色素の薄い瞳。
「麗しい……」
「おいそいつ鼻血出してるぞ……」
「誰がですか!?」
「きさまだよ」
長い黒い髪の一番大人しそうな人が、部屋の隅にあったティッシュの箱を寄せこちらにスライドして寄越す。
「あ、大丈夫ですそれなら。慣れてるんで」
「慣れてたら良いのか……?」
「だからお前はなんなんだよ。誰なんだよ」
「だから何度も言ってるじゃないですか」
苛立って聞いたプロシュートさんを、あたしはもう一度見上げて答えた。

「佐藤雪子、フリーターです」
「嘘つけ。フリーターの日本人がイタリア語ペラペラなわけねえだろ」
「なにバカなこと言ってんすか、あたし日本語喋ってますよ」
「はあ?」
噛み合わない会話に、プロシュートさんはますます機嫌を損ねたようだった(あたし嘘ついてないのに!)。またぐいっと顔が近づく。この人、顔近づけるのがクセなのか?例によって更に近づこうとすると包丁の背で首をぐりぐりと押された。
「あいたたたた痛いっす」
「フザケんのも大概にしろよ……俺はなァ、人のことバカにした態度の女がこの世で一番嫌いなんだよ……」
「あわわわわ怖いっすそんな怒んないで下さいよ外人さんってキス日常的なんじゃないんですか」
「だァから……!」
「プロシュート、もういいだろ。その女母胎にしてさっさとここ出ようぜ」
金髪の紫マスク男、今からSMプレイをするようにしか見えない、このコスプレ集団の中でも特に奇抜な格好の人が退屈そうにグローブの指先をいじって言った。あたしが何か言うより先に、プロシュートさんが振り返る。
「お前スタンド使えねえんだろうが。銃も使えねえんじゃあむやみに外出たって危険なだけだ」
「それならどうするつもりなんだ?ん?そいつが何か知ってるとも思えないし生かしといてメリットは無いだろ?どっちにしろ殺すべきだ」
「俺もそう思う」
「ああ、俺もだな。その女気持ち悪ィーし」
「ちょ、ちょっとちょっと、ちょっとちょっとちょっと。幽体離脱してる場合じゃないですよ」
とある双子コンビのネタを使ってみたが外人さんには解らなかったらしい。一斉に怪訝そうな顔をした皆さんを見渡して言う。
「あ、やっぱり幽体離脱はどうでもいいです。殺すべきとかなに言ってんすか。さすがのあたしも死ぬのは嫌です。やっぱりあんたら強盗だったんですか?」
「プロシュート。一度包丁を離せ。相当錯乱してる」
「あれ、結構フツーなんですけどあたし」
リゾットさんの言う事をプロシュートさんは大人しく聞いた。一番マッチョだし、リゾットさんはもしかしたらこの集団の中で一番偉いのかもしれない。あたしは固まっていた腰をごきごきと捻って、もう一度あたりを見渡した。
「佐藤雪子。お前が俺達の敵かどうか調べる方法はある。拷問だ。俺達は一般人の女一人を『うっかり』殺すくらい構わないんだ」
それにしても変わったメンツだ。私の正面では青いぐるぐる巻き毛のメガネが物凄い貧乏揺すりをしているし、その隣には剃り込みの入った、あのなんとかトレインを歌うグループにいそうな恐面のお兄さん、そしてその隣が髪を変なふうに結い分けた線の細い人。それとパイナップルみたいな頭の妙に固い顔つきの人もいたし、お揃いの作業着っぽいのを着たゲイっぽいのもいた。ゲイかあ。日本じゃああんまり見ないけどなあ。
「……………………おい、聞いてるのか?」
「え?あ?はい?」
「やっぱ俺が殺す」
巻き毛が立ち上がって拳を振りかぶったのであたしはどさくさに紛れてプロシュートさんに抱き着いた。包丁の柄で殴られたがそんくらいじゃあたしはめげない。
リゾットさんが大きな手で自分の顔を覆った。
「…………もういい。ここを出るぞ、お前ら」
「離せ」
「あ、ちょっ、ちょっと待って下さい」
がんがん頭に容赦なく包丁の柄がぶつけられる痛みに耐えながら、あたしは立ち上がろうとしたプロシュートさんの腰にしがみつく。
「皆さん、絶対その格好で出たら、いたっ、職質から強制送還のルートをぬるりと通ることになりますよ!ああっ感じる!」
「オイッ!誰かコイツ黙らせろッ!」
「まだまだだなあんたも、そんくらいで気持ち良くなってちゃあ」
「僕、一理あると思うよ」
初めて聞いた声と一緒に、一同の歩みがぴたりと止まった。開きかけていた玄関の戸をリゾットさんが閉じる。ていうかあんたら土足じゃん。
プロシュートさんの体越しに(めっちゃいい匂いする)声のした方を見ると、ゲイの白い方が神妙な顔をしていた。その傍らには黒い方。
皆の視線を受けて、白い方の人が続けた。
「どうなってるかは分からないが、クツ脱ぐ様式になってたり、ここはイタリアとは思えなくないか?その女も嘘ついてないんだとすれば、何かしらのスタンド攻撃である事には違いないけどもとにかく、外に出て日本の警察に捕まりでもしたら面倒な事になるだろ。パッショーネは日本にまで勢力伸ばしてないし」
「うんうんそうそう!ぐ」
よく分からないけど同意した方が都合が良さそうなので頷いておいたらプロシュートさんの手で口を塞がれた。舐めてやろうかと思ったけどさすがに刺されそうなのでやめた。
だけど、と細身の人が口を開く。
「このままここにいたってどうしようも無いだろ。本当にスタンド攻撃なら本体を探して叩くべきだ」
「いいや、僕は反対だね。ここにいるのが一番安全だ。まずは状況を把握するのが一番だよ」
「おいおいジェラートお〜〜……ここにいるって……ここかあ?」
坊主の人があたしをちらりと見る。右手の親指をぐっと立てて見せると苦笑いしながら真似してくれた。あ、ATSUSHI良いヤツじゃん。ちょっと惚れた。
「ちょっと待て……こいつ見ろよ。こんな変態のとこにずっといるってのか?」
「んんんーんんーんん」
「ケ・ツ・を・さ・わ・ん・な」
「変態と共同生活は今に始まった事じゃあないだろ?」
「おいおい、俺とその女を一緒にしないでくれよ。そいつの方がよっぽど変態だ」
「いや、それは違うと思う……」
「分かった。ここにいよう」
「「はあ!?」」
言ったのはリゾットさん、叫んだのは巻き毛と変態だ。
「イカレてんぜ!こいつが敵かもしれねーっつーのによォ!」
「そうだリゾット!ギアッチョの言う通りだ!俺のキャラが薄くなるじゃあないか!」
「ジェラートの言う事の方が正しいと感じただけだ。それに、その時は殺せば良い。その心配は要らないと思うが」
「別に俺は良いんだけどよ」
ゲイの片割れが頭をがりがり掻きながら一同の視線を集めた。
「この部屋、狭くねえか?」
「………………………」
一同が部屋を見渡すのに少し照れながらあたしはプロシュートさんの手首を叩いた。息がしづらいから。でもやっぱりプロシュートさんは離してくれない。

あたしの部屋は確かに狭い。まあ、一人暮らしならこんなもんだろう、って感じの部屋だ。押し入れが部屋に入って左にあって、実家から持って来た少し大きめのテレビが正面の窓の左側、部屋の角に背を向けるように置いてある。右の壁は薄いので音が隣の加藤くんのうちへ筒抜けだ。床は全面畳で、……あれ、狭いけど無駄なものは無いな。他の荷物は全部押し入れの中だ。

「雪子」
「おおお名前で呼ばれた!!むぐ」
「……佐藤」
「んぐ……」
リゾットさんが玄関の他の人を掻き分けてこちらに近付いてきた。あたしは背の低い方でも高い方でも無いけれど、この人達みんな背が高いから完璧に見下ろされてしまう。何を言われるのか若干緊張しながらリゾットさんの黒い目を見上げる。
「リゾット・ネエロというんだ、俺は。話は聞いていたな?お前の力を借りたい」
リゾットさんの後ろで変態とメガネが肩を落として、なんてこった、って具合のジェスチャーをした。うんうん頷くあたしの意思が通じているのかいないのか、リゾットさんは続ける。
「俺達は命を狙われやすい立場にいるからな、お前ももしかすると危険かもしれない。だが、俺達と共に行動すればある程度お前の世話は焼いてやれる。俺達を匿う事がお前の安全にも繋がるという事だな。どうだ?」
「んんん!」
「決まりだ。プロシュート、離してやれ」
プロシュートさんが黙ったまま、包丁を持った手とあたしの口に当てていた手をぱっと離した。
「感謝する。すまないな」
「やった!!いやこちらこそありがとうございます!!あたし同棲って一度してみたかったんです!!」
「ああークソッ!!うぜえええ!!同棲じゃねえーよッ!!」
「まあ俺は皆の寝込み襲えるし良いか……」
ペットはダメだけど留学生は良いはずだ。あたしは大家さんにこの事を黙っておくことにした。聞かれたらスッとぼければ良いだけだ。いつまでくっついてんだ、と殴られた頭を押さえながら、そのあたしの頭の中には食費の事なんか一ミリも過ぎらなかったのだった。


20090728


※ATSUSHIってのはエグ○イルのボーカルの名前です

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