常連客E | ナノ

常連は大人女子

──滝沢椿さん。一年ほど前から週に何度かポアロに通う常連客。
梓さんが言うように男受けしそうな容姿。キラキラ女子と呼ばれるタイプだというのが僕の第一印象だった。

「いらっしゃいませ、椿さん。今週は三回目らしいですね」
「こんにちは。安室さんに会いたくて三回目です。一回目と二回目はいらっしゃらなかったから今日は会えて嬉しい」

今日もカウンター席に座った彼女が僕に笑みを向ける。
可愛らしい言動が多く明るい性格なため学生時代はそれなりにモテたそう。
「最近は独り身ですけどねー」と目を細めてこちらを見る姿は誘っているようにも見えたが、冗談で「じゃあ僕が立候補しても良いですか?」と返せば少し驚いたように目を見張った後クスクス笑う。

「危険な恋も素敵ですねぇ」

その言葉にこちらの内情を知っているのではないかという考えがよぎった。
しかしその意味を問う前に「女の子の嫉妬は怖いですから」と言われて胸を撫で下ろす。

こういうやり取りが好きなのか色々な意味で思わせぶりな言葉を掛けてくることが度々あって、その度に何か知っているのではないかと勘繰ってしまう。
もっとも、こちらに裏の顔があるからこそそう聞こえてしまうのかもしれないけれど。

そんな彼女だがしかし、相手の心内を読み取るのも得意なようで僕が組織と公安の仕事が重なって疲れている時はあまりそういった駆け引きはしてこない。
店に来ていつも通り話し始めるが注文を取り終わった頃には静かになっており、梓さんやマスターに話を振るようにしている。
不自然じゃない程度には僕にも話を振ってくれるが、声のトーンがいつもより落ち着いていて頭を使わなくていいような会話ばかりだ。

梓さんとマスターに対しても同じように気を回しているからお店にとっては上客だろう。
もちろん僕としてもこういう常連客は歓迎だ。
職業柄、こういう人なら情報を集めたい時の協力者に向いていそうだとか、逆に自分の事を探っているのではとか余計な事を考えてしまう事もあるが。

「──おや、何を食べようか迷っているんですか?」
「あ、はい。パフェ食べに来たんですけど期間限定の抹茶シフォンケーキの写真見たら迷っちゃって・・・」

メニュー表と睨めっこしている姿を見て声を掛ければ眉を下げて困ったように笑う。

「パフェはいつでもありますしシフォンケーキもまだ期間があるので、純粋に食べたい方で良いと思いますよ。それに明後日か明々後日にはまた来るでしょう?」
「あら、読まれちゃってる。確かに日を開けずに来ますね・・・。じゃあ今日食べにきたパフェで。あとコーヒーもお願いします」
「はい、かしこまりました」

注文を受けてコーヒーのお湯を沸かしながらパフェを用意していれば、席の方から熱い視線。
手を止めずに顔をあげれば楽しそうな表情の椿さんと目が合った。

「ふふ、ばれちゃった。安室さんって視線に敏感ですよね」
「・・・職業柄、ですかね。探偵なので」
「店員さんに用がある時、視線で呼ぶって格好良いと思いません?」
「もし気付かなかったとき申し訳ないので普通に呼んでいただけるとありがたいです」

いつも楽しそうな顔をしていることが多く本心が分かりづらいし、思わせぶりな発言も多いのは少し気にしている事ではあるけれど、会話は楽しいし空気も読める人だから彼女は良い常連客だと思っている。


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