常連客E | ナノ

ポアロの新人

「へぇ、仲の良い常連さんがいるんですか」

平日のランチタイムが終わり一旦客がはけたポアロにて、梓は新しく入った従業員──安室透に椿のことを話していた。

「はい。一年くらい前から来てくれていて・・・こういう昔ながらの喫茶店に若い子が通うのって珍しいから声を掛けてみたら、歳が近いし話も合うので仲良くなっちゃって」
「店員と客の距離が近いのは良いことですよね。どんな方なんですか?」
「・・・・・・エロ可愛い?」
「・・・え、えろかわいい」

考えた末それでも疑問形で出された答えを、安室は少し戸惑ったように繰り返した。
あまり昼間から出すべきではないキーワードに沈黙がおりる。
梓はその気まずい雰囲気に男性相手に良い例えではなかったと気付いて、慌てた様子で「変な意味じゃなくて!」と手を振った。

「良い子ですよ!礼儀正しくて!雰囲気とか仕草が女性的なのに可愛いんです。余裕ある大人の女性だと思ったら意外と隙があったり」
「あぁそういう・・・」

ホッとしたように苦笑いを零す安室。清純そうな彼女が意外な系統の人と、と思ったが違うようだ。
しかし常連と言うが自分が勤め始めてからそんな感じの人がいただろうか。
それらしき人を記憶から探すが見つからず、「僕ってまだ会ってないですよね?」と確認を入れた。

「会ってないですよ。彼女今、沖縄に旅行に行ってるんですよー」
「へぇ、沖縄に。いいですねぇ、海は綺麗ですし自然は多いですし。こっちとは文化も違うからグルメもショッピングも楽しいですよね」
「わぁ、思い浮かべたら行きたくなってきた・・・!あ、お土産買ってきてくれるので安室さんも楽しみにしていてくださいね」
「え、いえ初めて会うんですからそんな図々しいこと出来ませんよ!」
「大丈夫ですって!安室さんもこのお店の一員なんですから!彼女旅行が好きみたいでこの一年だけでもいろいろな所へ行っているんです。これからもきっとどこか行くたびにお土産買ってきてくれるので、楽しみにしてましょう!」

ニッコリ笑った梓に安室は「はぁ」と困った微笑で言葉を零した。

洗い物にコーヒー豆の補充、料理の下準備、在庫の確認。そして時々入る客の相手をしていればあっという間に時間は過ぎる。
そろそろ暗くなってきた外を見て梓は「今日も来なかったなぁ」と零した。

「昼に話してた常連さんですか?」
「あ、はい」
「旅行にしては結構長くないですか?僕が入ってもう三週間くらい経ってますよ」

話を聞いた時から気になっていたことを口に出す。海外旅行じゃあるまいし、何かあったのではないかと心配にならないのだろうか。
眉を顰める安室だがそれとは対照に梓の顔には呆れを含んだ笑みが浮かんだ。

「いつも一週間以上滞在することが多いんでこんなもんですよ。ビジネスホテルとか満喫に連泊するらしいんですけど、ホテル代が馬鹿にならないって嘆いてました」
「・・・何してる人なんですか?学生にしても社会人にしても、お金も時間も厳しいと思うのですが・・・」
「投資家らしいです。大学生のうちに成功したからそれを本職にしようってなったらしくて」

それはまた危険な道を・・・せっかく大学を卒業したのだから投資は働きながらでもいいじゃないか。失敗したらどう生活していく気だ。
不安定すぎる職とは言えない職についたまだ見ぬ常連客にそっと息を吐く。
しかし梓の手前本音を言うわけにもいかず、「若いのにすごいですね」と言うに止める安室だった。


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