常連客E | ナノ

常連客誕生

ここが名探偵コナンの世界だと分かった私の行動は早かった。
まず考えたのは「ただのモブじゃ死ぬ」。
いや、普通ならモブに徹するのが一番安全なのだが──この世界は少し違う。
時間軸が何処か分からないが事件発生率が異常だ。映画ともなればテロなんかでモブは簡単に吹き飛ぶ。
東京の人口は目に見えてゴリゴリ削られていることだろう。

という事を踏まえてこの命を守るにはどうしたら良いか。
そこで思い出したのが、毛利探偵事務所の一階に入っているポアロで勤務している榎本梓さん。

モブではないけど毎度事件に巻き込まれることもない──彼女くらいの距離を保てば時々巻き込まれる程度で命を落とすことはないはず。

──よし、米花町に引っ越してポアロの常連客になってコナンくん達と顔見知りになろう。
彼等の日常を2.5次元くらいの感覚で見ていたいという下心は見ないふり。

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「いらっしゃいませ!あ、椿ちゃん!」
「こんにちは梓ちゃん」

そんなこんなでポアロに通い始めて早一年。
週に何度か顔を見せていたお蔭で店員の梓ちゃんとはとても仲良くなった。

計算外だったのは原作がまだ始まっていない時間軸に来ていた事か。
道理で大人になるまで名探偵コナンの世界に迷い込んだと気付かないわけだ・・・だって原作ではあんなに殺人事件が頻発してるのに、今までテレビで見たことなかったもん。
いや意識しなくて気付かなかっただけで何回か目に入れたことはあったかもしれないけれど。

しかし。しかし、だ──しばらく前から記憶にあるようなないような殺人事件の報道を見るようになった。

と、思ったらある日の休日、ポアロにて見た目は子供頭脳は大人な探偵君と毛利さんと蘭ちゃんと園子ちゃんに遭遇して、梓ちゃんから紹介された。
それからも何度かここで会って話しているが特に怪しまれることなく過ごしている。

まぁ前世ではブラック企業に長年勤めていたため無意識に心のコントロールが出来るようになっているのだろう。──とはいえ多少は平和ボケしているせいか口が滑りそうになることはあるけども。

「あ、そうだ梓ちゃん」

穏やかな時間を噛み締めながら過去に思いを馳せていたところ、そういえば彼女に伝えなければならない事を思い出した。
新しく入った客に料理を届けて戻ってきたところで声を掛ける。

「今度ね、ちょっと沖縄に旅行に行くの」
「えっ、いいなぁ。今度は沖縄なんだ」

今度は、という言葉から分かるように私は度々旅行している。
というのも前世では仕事仕事仕事でどこにも行けなかったし何も出来なかった。そのせいか今生はどこかに行きたい何かやりたいという欲求が湧き出てくるため、それを消化しているのだ。

「そう。ちょっと海に行きたいと思って。お土産のお菓子買ってくるわね」
「いつもありがとう!楽しみにしてる!」

初めは「悪いから」と少し遠慮気味だった梓ちゃんも最近では素直にお土産を楽しみにしてくれている。
そしてそのお土産はお店にと言って渡すから当然店長の手にも渡っているのであって──お礼として時々コーヒーをサービスしてくれるのだから、なんだか逆に申し訳ない気持ちになってしまうのだけれど。

「──ごちそうさま。お会計いいかしら」

席を立って伝票を手にレジへ向かう。
洗い物をしていた梓ちゃんがそれを一旦中断して、足早にこちらへ来た。

「ねぇ、沖縄行くのっていつ?」
「来週の月曜日。だから次会うのは旅行から帰ってきた時ね」
「そっか・・・しばらく寂しくなるなぁ」
「少しの間じゃない。お土産楽しみにして待ってて」

会計をしておつりとレシートを貰う。
旅行が楽しみで意気揚々と「goodbye」と告げてドアに向かえば、少し呆れを含んだ笑顔で「楽しんできてね。またのお越しをお待ちしてます」と見送られた。


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