8-4 「いやだから私からぶつかったんじゃなくてですね」 「はぁ?テメェがよそ見してフラフラ歩いてるからだろうが!さっさと土下座せぇや!」 さっきからぶつかったぶつかってないの押し問答で一向に決着が着きそうにない会話。 相手はたぶん私と同年代──何?ストレス溜まってんの?ブラックに就職しちゃったの?それとも会社クビになってグレちゃったの? 高圧的に見下してきたり壁を蹴って威嚇してきたり。 人通りの少ない通りで、時々通る人も我関せずと言った様子で遠回りに避けていく。 まぁこれでも武道関連齧ってきてボコられる危険はないから落ち着いていられるんだけどさ。 とりあえず思うのは、これ以上面倒事を持ってこないでくれという事だ。 だって今の私は── 「おい兄さん、そこらへんにしとけ」 刀剣男士とのエンカウント率がエグイから。 落ち着いた低い声に振り向けばその声に反して幼い見た目の少年が立っていた。 ほらね。お久しぶりです、薬研アニキ。 私と男の間に入った彼はTシャツにジーンズと随分現代に馴染んでいて、とても戦場で刀を振るっているとは思えない。 思った通りというか当然というか・・・生意気な少年ということで男の標的が薬研に移ってしまった。 「(・・・私、帰ってもいいかなぁ)」 男が一人勝手にヒートアップして薬研の胸ぐらを掴んだ辺りでぼんやりそう考える。 だってどうせ男が簡単に転がされるのは目に見えてるし。 私はこの一人と一振の行く末より食材の鮮度の方が大事なんだ。肉と魚を買ってるから早く冷蔵庫に入れたいんだ──あ? 食材の入った袋に目を落としたところで気付いた。 卵、割れてる。 おい待て半分近くぐでたま誕生してるじゃないか何してくれてんだあのクソ野郎。 何にでも使える万能食材でメニューもいろいろ考えてたってのに・・・しかもパックから漏れて他の食材も被曝してやがる。 これの後片付けをするのが私で・・・卵おじゃんにされて・・・それだけのことを招いておいて弁償どころか謝りもせず寧ろ私に土下座して謝罪しろ、と。 ナメんなよクソガキが。 食材の入った袋を置いて、未だ薬研を掴んでドスを利かせていた奴の前に立つ。 彼を掴む腕をどかして奴がそちらに気を取られた瞬間、正面に入って股間を思い切りけり上げた。 そして前のめりになって倒れそうになる男の顎に更に膝蹴りで追撃する。 今度こそ崩れ落ちた奴は股間を押さえて体を丸めた態勢で悶えていた。のたうち回るってこういうのを言うのかな。 やった私が言うのもなんだけどものっ凄く痛そう。謝らないけど。 綺麗に決まって満足したところで、そういえば薬研はどうしたかなと思って振り返ると彼は顔を引き攣らせて私と男に目をやっていた。 「君、ウチのマンションのお隣さんだよね。大丈夫?」 「あぁ、あれくらいどうってことないさ。それよりあんたの蹴りに驚いたんだが」 「まぁいろいろやってたからね。結構強いよ、人間にしては」 君達には劣るけどな。 へぇ、と零した薬研は再び男に目を戻して、こいつはどうするんだと聞いてきた。 決まってるじゃないか。スーパーに連れて行って弁償してもらうんだよ。あと卵の処理と汚れた食材のふき取りも。 まだまだ復活しそうにない男を少し乱暴に起こして脅す私を見た薬研は「この時代の女は強ェな」と呟いた。 ────────── 全てが終わってようやく帰れるとなった時、薬研はまだ私の隣に居た。 先に帰ってもいいよと言ったのだが、いくら腕っぷしが強くてもこの時間に女一人で出歩かせるわけにはいかないと待っていてくれたのだ。 流石短刀詐欺・・・男前すぎる。 疲れた様子の男と分かれて二人で暗い道を歩いていく。 彼が何を話そうか迷っている様子だったため私がボチボチと仕事の事や休みの日に出かけたことなどを話して間を取り持っていた。 「──んでねぇ、もうすぐハロウィンだからさ。あ、ハロウィンってもともと秋の収穫を祝って悪霊などを追い出す外国の行事なんだけどね。今は仮装したりお菓子のやりとりをして楽しむ行事なんだよ。 で、職場の人にかぼちゃのお菓子強請られちゃって。人数多いから大変でさ」 「へぇ。料理得意なのかい?」 「まぁね。昔からお母さんに教わってたから。何でも作れるよ」 「腕っぷしが強くて料理上手ねェ・・・」 いやだから腕っぷしは君達からしたらお遊び程度だって。 なんでそこ掘り返すんだ。実は喧嘩に横槍入れたの怒ってたの?自分の手でボコりたかったの? 元々私が突っ掛られてたんだし良いじゃないか。 マンションについてエレベーターに乗って、私の家の前につくと彼は「今日もお疲れさん」と爽やかに手を振って隣の部屋に入っていった。 [ back ] |