6-3 「げっ・・・」 自宅へ戻るため商業ビルから出て来た道を引き返していたところ、その途中に見えてしまった人に思わず声が零れた。 またお前等か・・・。 定時で終わる社会人や学校帰りの学生で賑わう大通り。そんな混んでいる通りで頭一つ抜き出ている、先程会った太郎太刀と蜥蜴切が、相変わらず周囲の人に避けられながら道を歩いていた。 お前等マジ止めろ。このクソ暑い夏にスーツ着込んでオーラ振りまきながら堂々と闊歩するな。 あと現代で男の長髪は文句なしに目立つぞ。 周りの人がこそこそ話しているのが見えないのか。 さっきより人の多いこの大通りで出くわして声を掛けられては堪らない。良くも悪くも面倒見が良い二人だから先程の事でまた体調を心配されそうだ。 人ごみに紛れて上手くやり過ごそう。と思ったのだが。 ──ねぇ、あの人達マジヤバくない? ──絶対普通の人じゃないよね ──皆避けてるみたいだし指名手配されてたりして ──何それ怖ぁ。警察呼んだほうがいいかなぁ 「〜〜〜っ仕方ないなぁ・・・!」 聞こえてきた言葉に我慢ならなくなって一人ごちる。 これが和泉守とか宗三とかだったら間違いなく素通りなのに、世話になった二人だから見捨てられないじゃん。 決心したその瞬間、バチリと太郎太刀と目が合う。丁度いい。 ちょいちょいと手招きしてから近くの路地の入口で足を止めた。 再び彼等に目を向ければ蜥蜴切に声を掛けた太郎太刀が二人してこちらに向かってくるところだった。 それを確認してもう一度目を合わせるとその路地に入り込む。 少し奥まで行って待っていれば程なくして二人が姿を見せた。 「貴方、先程の・・・」 「ちょっと二人共こんな人の多い所で何やってるんですか」 「何か不味かったか?」 私の表情があまり良くなかったせいか二人も顔を曇らせて──という事はなく、何が悪いのか分からないというような表情で私を見ていた。 自覚ゼロかよ。流石何百年も存在してる刀は器が違う。 「ものすごく目立ってましたよ。貴方達背がかなり高いし夏なのに長袖だし雰囲気が只者じゃないし。ならず者として通報されそうになってましたよ」 「それは・・・そうですか。呼んでくださってありがとうございます」 「助かった」 頭を下げる二人に気にしないでと伝える。 そういえばこの人達どこに向かってるんだろう。また迷子とかないよね。私かなりの確率で刀剣男士が迷子になってるところに遭遇してる気がするんだけど。 案内必要ですかね? 「待ち合わせをしているのです。迷っているわけではないので心配ありませんよ」 「あぁそっか。それなら良かった」 「しかしこの格好をどうするかだな・・・人を呼ばれては困る」 「・・・待ち合わせの場所まで走り抜きますか?」 「やめてください夏にスーツ着込んだ強面長身二人が全力疾走なんて怖すぎる」 想像してみて吹きそうになった。私にとっては面白すぎる。 真顔で言った私に二人が眉を下げた。 というかせめてそのジャケットだけでも脱ごうという発想は出ないのだろうか。真面目な二人の事だから仕事中はきちんとした格好で、とか考えてんのかな。 「普通に羽織を脱いで腕まくりするだけで良いですよ。目立つけどギリセーフです。二人共体格が良いから別の意味で目を引きそうですけど」 「確かに蜻蛉はよく鍛えられているので目を引きそうですね」 「貴方も日本人からしたらかなりだけどね。あ、蜻蛉さんはボディビルダーって言えば通りそ・・・う? ・・・蜻蛉?」 あ、あれ?蜻蛉・・・蜻蛉?蜥蜴じゃなくて? 「あー・・・あだ名みたいなものだ。本名ではない」 「え、あ、そうだよね。いやそうじゃなくて」 蜥蜴じゃなくて蜻蛉。 そういえばそうじゃん蜻蛉切だよなんかしっくりこないなって思ってたらやっぱ間違ってたんじゃん心の中でだけどずっと蜥蜴切って呼んでたようわこれ恥ずかしすぎて死ねる。 「お、おい!大丈夫か!?」 思わず顔を覆ってその場にしゃがみ込む。マジ恥ずかしすぎる。 咄嗟に私の腕をとってそのまま一緒に膝を折った蜻蛉切──そう、蜻蛉切が、心配そうに私を呼ぶ。 やめてくれ、貴方の良心が私を追い詰めてるんだ。放っておいてくれ。 「むり、いやこれは無理。本当ごめんなさい」 「意味が分からないんだが・・・」 「何があったのですか?」 羞恥に崩れた私に困った様子の二人。 申し訳ないが説明も出来ないし、これどうやって収拾つけよう。 そう思った時。 「何している!」 「うわ最悪だ」と、そう頭に浮かんだのは声を張り上げた人物を目に入れた瞬間だった。 お巡りさんお疲れ様です。お早い到着ですね。誰かが110番したにしては早いから元々近くにいたのかな。 そして今の状況はといえば。 顔を覆ってしゃがみ込む私。 そんな私の腕を掴んで一緒にしゃがむ蜻蛉切。 その蜻蛉切の隣に立って私を見下ろす太郎太刀。 ・・・あかんこれ。どう見てもヤクザに絡まれる一般人の図だ。 怖い顔をした警官が走ってきて私と蜻蛉切の間に入る。 警官が入ったことで少し後ずさった太郎太刀と蜻蛉切はやはりというか何というか、状況が読めていない表情をしていた。 そして警官はある意味ガラの悪い大男二人を前に少し腰が引けているようだった。 「何があったんですか?」 「いえ、こちらの方が体調が良くないようでしたので・・・」 「そうなんですか?」 太郎太刀の言葉にこちらを振り向いて問うてくる警官。 私だけしゃがんでいるのもどうかと思ったため立ち上がり、「はい」と頷いた。 が、どうも信じられていない様子。もう一度「本当ですか?」と確認されたため全力で頷いて「本当です」と答えた。 あいつ等の見た目の所為で信頼性が家出しております。 こんな所で二人が捕まったら大変だ。身分証明できないだろうし刀の名前だし、そもそも人でもないし。 「それならいいけど・・・。じゃあ念のため、お二人は身分を証明するようなものを見せてもらえるかな」 捕まらなくてもピンチだった。 身分を証明するものなんて持ってないでしょ。 あ、いやもしかしたら時の政府が公的機関に通用する物を渡してるかもしれない。なんてったって歴史を守ってるわけだし。 「いえ・・・そういったものは持ち歩いていないのですが」 「ないんかい」 思わず小さく呟いた。 余計に二人を見る警官の目が胡乱気なものになっていく。 二人からどうしたら良いかというような目を向けられる。やめてくれ、私に振るな。というか警官の目の前でどうこう言えるわけないだろ。 「保険証や免許証がなければ社員証とかクレジットカードなどでもいいよ。財布の中に何かしら入ってるでしょ」 「すまないがそういった類の物も持っていない」 そりゃそうだ。刀剣男士がそんな物持ってたら現代を謳歌し過ぎだよ。クレジットカードで買い物する奴等なんて見たくない。 他は・・・刀剣達が自身を証明できるものと言ったら、刀とか?いや駄目だ槍と大太刀なんて銃刀法違反に正面衝突しに行ってるようなもんだ。 流石の太郎太刀もどうしたら良いか分からず困っている様子。 だから私を見ないでくれ。やましい事なんて何もないのに私まで怪しまれたらどうしてくれるんだ。 どうにか早めに収束させないと。 「あ、あの、二人共私の友人なんです。こんな面構えだけど悪い人じゃないですから」 「あれ、こっちの二人と知り合い?」 「はい。表の通りの人に通報されたかで助けに来てくれたんですよね」 「えぇ巡回の途中でして。路地に入った女性を追うように、そちらの二人が歩いて行ったと聞いたものですから」 「あー・・・この二人をここに呼んだの私なんです。カツアゲとか喧嘩じゃないですから。お手数おかけして申し訳ありません」 ほらアンタ達も。と二人を促して頭を下げる。 引き下がるか迷っていた様子の警官だったが、被害者と加害者かと思った三人が実は親しい仲だったと判断してもらえたのかこれ以上の追及はなかった。 去っていく警官にもう一度謝罪して、完全に姿が無くなったところで二人と再び顔を合わせる。 「あの、助けていただいてありがとうございます」 「助かった。我々だけではどう対応したらいいか分からなかったからな」 「いえ。私も紛らわしいことしてましたし。取り敢えず待ち合わせしてるならそろそろ行った方が良いんじゃないですか?今のでちょっと時間取りましたし」 腕時計を見て時間を告げればやはり急いだ方が良いらしく。 二人はスーツを脱いで腕まくりをするとこれでいいかと問うてきた。 えぇえぇ、良いですとも。素晴らしい肉体美ですね。福眼です。 「いろいろとご迷惑をおかけしました」 「いいっていいって。ほら、待ち合わせの人待ってるかもだし、早く行ってあげて」 「あぁ。ではこれで」 軽く頭を下げた二人が早足で去っていくのを手を振って見送った。 ・・・なんか私、刀剣男士と会う度に毎度毎度問題解決してる気がする。 ────────── 「すまない御手杵!少々問題が起きて手間取った」 待ち合わせ場所で先程買った飲み物を飲んでいた御手杵が声を掛けられてそちらに顔を向ける。 合流した蜻蛉切と太郎太刀はついさっき起きた問題について歩きながら大まかに話し始めた。 「──へぇ、そりゃ災難だったな。大事にならなくて良かったぜ」 「あの女人のお蔭だ。ただ、またこういう事が起きないとも限らないから対策をした方が良いな」 「お前等妙に威圧感あるからなぁ・・・。で、何か収穫はあったか?」 「いや、残念ながら。お前の方はどうだ」 「こっちも何も。・・・太郎太刀、どうかしたか?」 先程から何も言わない太郎太刀に御手杵が首を傾げて声を掛ける。 何やら考え事をしていたらしい彼は御手杵に目を向けると、もう一度少し考え込んでから口を開いた。 「大したことではないのですが・・・。どうにもあの女人の事が気になりまして」 「引っかかることがあったか?」 「私と蜻蛉切の状況によく合わせられたものだと。どうやら私達は周りが避けるほど威圧的だったようですから・・・」 そんな人物に躊躇なく声を掛けてきたし、それに身分を証明する物を何も持っていなかった事も何も言わなかった。 もう一人の要求してきた人間の言い方からするに何かしら持っていることが普通と考えていい。 彼女とて今着ているスーツというものに言及してきたのだから遠慮したわけではないだろう。 ともすれば自分達が身分を証明する物を持っていなくてもおかしくないと知っていたという事ではないだろうか。 「考えすぎでは?度胸があって気が利く人だったのでしょう」 「それに俺達のこと知ってるなら普通に声かけてくるだろうしな。少なくとも主ではないだろ」 「・・・それもそうですね」 納得半分疑問半分、太郎太刀は何とも言えない表情で一つ頷いた。 [ back ] |