本丸記 | ナノ

どうしようこの子めっちゃ見てるよ。顔に穴が開きそうなくらい見てるよ。これ私から何か話しかけるべき?いやでも何を話せば「あの」アッハイ、ナンデショウ。

「あなたはあるじさまではないのですか?」
「あー、えっと」
「れいりょくのしつが、いつもとちがいます」
「はぁ、れーりょく・・・さようでございますか。えっと、仰るとおり中身が違います」

最初会った時とは違って興味深そうに私を見ている。あれ、凄く怯えてたと思うんだけどな。
・・・ん、ん?あ、もしかして"私"を怖がってた?眼帯の彼の反応といいこの子といい、ちょーっと雲行きが怪しくなってきたぞ。
これ変化球で確信得といた方が良いんじゃない?

「ごめんね、今この身体を借りてる状態なんだ。早く元に戻ると良いんだけど」
「なかみがちがう・・・なんだかたいへんなじょうきょうなのですね。でもぼく、いまのあなたのほうがいいです」
「ええー、でも私一般人だし。いきなり入れ替わったら一緒に住んでる人たち迷惑するでしょ。それに歴史修正主義者?とかいうのと戦ってるなら指揮者が私じゃマズイじゃん」
「だいじょうぶですよ!あるじさまもいっぱんじんだったってききました。・・・それに、あなたならぼくたちをたいせつにしてくれそうだから」

おおう、やばい今の答えじゃね?『貴方なら大切にしてくれそう』ってことはこの身体の持ち主は大切にしてくれなかったってことで・・・。
今流行りのブラック企業じゃないですか。同年代の若い子が過労自殺したとかテレビで見ると本当気分が悪くなる。
ちなみに私の職場は雰囲気が良くて尊敬できる上司もいる自慢のホワイト企業だ──っと、話がずれた。

「そりゃまぁ、この身体の持ち主よりかはまともな自信あるけどさ。でもやっぱり大きいところが絡んでるとこういうイレギュラーはかなり面倒事になるからなぁ・・・と言っても突然来たから戻り方もいつ戻るかも分からないんだけどねぇ」
「だったらぼくがおそばでおたすけします!けがをなおしてもらったおれいです!」

手入れが進んで体が楽になってきたのだろう、布団に体を起こして明るい顔で申し出る彼は「今剣」と名乗った。なんと義経公の守り刀だったらしい。
そして此方の事情を教えたからには子供とはいえ仲間が増えるのはありがたい。

「ありがとうね。ここのこと何にも知らなくて困ってたからとても助かるよ」

付喪神様には名前を教えたらいけないそうなのでよろしくとだけ言っておく。
それから彼にはここの現状を沢山教えてもらった。
どうやら私が考える上を行くブラック企業らしく、なんでも目当ての刀を手に入れるために刀剣達に相当な無理をさせているのだとか。目の前にいる彼ももう五振目くらいらしい。
最近顕現された彼は錬度が低く、目当ての刀を手に入れるべく出陣した時に足を引っ張ってしまったため重症のままあの蔵に放り込まれたのだとか。審神者コワイ・・・。

ただそれだけ酷い扱いをされてるなら反発なり暴動なり何かしらが起きると思うのだけど。それを聞いてみたら顕現された時点で契約が成立しており基本的に審神者に逆らうことは難しいのだと。まさにブラックの中のブラック。真黒である。

彼はまだここに来て日が浅いからかすぐに順応してくれたけど、話を聞く限りじゃ古株になるほど心が死んでいってそう。絶対鬱とか人間不信とか発症してるって。
劣悪な環境から解放されたとホッとしている今剣には悪いが私は今すぐ元の生活に戻りたい。

そんな話をしていたらどうやら手入れが終わったらしく小人達から短刀を渡された。うむ、刃こぼれもヒビも綺麗に直ってぴかぴかである。
確認したそれを今剣に持たせて辺りを窺いながら部屋を出る。抜き足差し足忍び足で二階に戻る私に今剣は文句なく付き合ってくれた。

「あるじさまはみんなになかみがいれかわったことをいわないのですか?」
「言わないよー。混乱招くし中身が違うと契約とやらが無効になって危険かも知れないし。それに今剣にはもう遅いけど、いつ戻るか分からないから期待とかさせたくないし・・・」

私だって心がないわけじゃないから本当はどうにかしてあげたいんだけどねー。
困ったように言えば今剣はしょんぼりと項垂れた。すっごい罪悪感。
しかしまぁいつ戻るか分からないという事は戻るまではここで過ごさなければならないという事。つまり審神者(あ、これ"さにわ"と読むらしい。教えてもらった。)として過ごさなければならないという事だ。
したがって私のこれからの任務は、違和感なくここに住む人達と馴染んで違和感なく審神者業をこなすという一点に尽きる。

「ということで、いつ戻るか分からなくてちょっと危険だけど困ることがあったら今剣に頼るね」
「まかせてください!ぼくがあたらしいあるじさまのひとふりめになります!」

うん、元気で大変よろしい。


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