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まわりに誰もいなかったせいか、自分でも制御出来ないくらいに涙が流れた。
叱られた子供みたいに泣きながら歩いてたら、目の端に人の姿がちらっと映った。
こんな田舎でも当然ながら人はいる。
私は俯いたまま涙を拭き、声をかけられないことを祈りながらその人の前を歩いた。
「サッチ…」
「……え?」
それは父さんと母さんが私を呼ぶ時の愛称だった。
「誰……?」
涙でかすんだ瞳に映ったのは私だった。
「ど、どうして…!?」
「サッチ、驚かないで。」
「だ、だって……」
私は都市伝説のことを思い出していた。
まさか、私の会いたい人は私自身だったっていうの?
それとも、私の頭がおかしくなって……
「いつもありがとう。
あなたのお蔭で、私はとても幸せよ。」
もうひとりの私がそう言った。
「なに、それ?
今日のことを知ってて、わざとそんなこと言ってるの?」
「……違うわ。
今日のことは、そりゃあショックだったかもしれないけど、気にすることなんてないわ。
剛はあなたの本当の相手じゃなかったってだけのことよ。」
「そんな簡単に言わないで!
貴方に何がわかるっていうの!?」
感情的に叫んだ直後、私はおかしなことに気が付いた。
今日のことを知ってること自体、おかしい。
やっぱり、これは私自身なんだ。
私自身に怒ってるなんて…私…やっぱり、頭がおかしくなったんだ……
そう思ったら、なんだか意味のわからない笑いが込み上げた。
「そうよ、あなたは笑ってるのが一番。
あなたが笑ってくれてると私はすごく幸せよ。
父さんや母さんもそう言ってるわ。」
「あぁ、そう…そりゃあ良かったわね。
でも、私はもう笑えない。
いえ…これからは笑えるわ。
今から、父さんや母さんのところに行くから、そこでまた昔みたいに家族一緒にみんなで笑えるわ。」
「サッチ…何言ってるの?
あなたがそんなことしたら、父さんも母さんもどれほど悲しむことか…」
「ほっといてよ!
こんな所で、誰にも会うわけないじゃない。
私、もう道もわからないし、きっと凍死よ。」
「馬鹿なことを…
電話があるじゃない。
誰かに電話して……」
「私を迎えに来てくれる人なんていないわ!」
私は駆け出した。
おかしな妄想を振り払うかのように…
息が切れる程走って、そっと後ろを振り向いたら、もうひとりの私はいなかった。
ほっとして、なんだかどうしようもない気持ちになって、私はその場にしゃがんで大きな声で泣きだした。
不意に今の状況が不安に感じられた。
本当に道はわからないし、こんな寒い所で夜を明かせるはずがない。
早くなんとかしないと死んでしまう。
(電話しなきゃ……)
そう思ってバッグの中を探ったけれど、なぜだかスマホが見当たらない。
背中にいやな汗が流れた。
急に身近に感じた「死」に、身体ががたがた震えた。
(どうしよう…どうすれば……)
不安で胸がいっぱいになって、まともに考えることも出来ない。
「だれか…誰か、助けてーーー!」
必死で叫んだら、それに応えるようにどこからか犬の声がした。
……犬の声はだんだん近付いて来る。
犬の姿が見えた。
吠えながら走って来る大きな犬……途端に恐くなった。
だけど、私には逃げることも出来ず、ただ恐怖に顔をひきつらせるだけだった。
「や、やめて!」
犬は私の前で吠え続ける。
「こら、ジロ!」
中年の男性が走って来るのが見えた。
きっと、この犬を追って来たんだ。
不安と安心が同時に押し寄せた。
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